食事
>絶対毒とか入ってますよ。
『食わなきゃ死ぬ。
お前もわかるだろ?』
>ま、そうですね。
特に理由も無いが、食わなくても死なないどころか、毒を摂っても死なないことは伏せておこうと、その時の私は思った。
それはそうと、強い食欲を感じるのも事実で、食事を貰えると言うのなら、どのようなものだったとしても文句は言えそうに無かった。
与那城の後ろをついて、荘司郎が歩く。
それにしても長い廊下だ。
お話に出てくるお嬢様の豪邸のように、極端に華美な装飾が施されているわけでも無く、ただただ長い意外に特徴を見出せない。
空腹もあって、あまりに長く続く味気ない光景に、だんだんと腹が立って来る。
『まあ落ち着けよ。
無料で飯が食える。
これ程素晴らしいことはないぜ。
まあ、配給を受けられてないから、とんとんって気もするけど』
>なんか嬉しそう……。
返事は返ってこなかった。
与那城も荘司郎も、まるでただ前へと歩くだけのロボットのように、一言も喋らずに進み続ける。
何が彼らをそうさせているのだろうか?
食欲だろうか?
十二個の窓と、数えてはいなかったが沢山の扉の横を通り過ぎて、ようやく与那城の足が止まった。
与那城が右に九十度、無駄に優雅でスタイリッシュなポーズでターンした。
その先には、今まで散々見せられてきた扉の中でも、少しばかり大きな扉。
漫画であれば『バーン!!』というオノマトペが飛び出してきそうな勢いで、与那城が扉を開く。
よっぽど荘司郎に中の光景を見せるのを楽しみにしていたのだろう。
つい素直に可愛いと思えてしまう、とても無邪気な笑顔をしていた。
革張りの椅子の奥に、巨大なテーブル。
その上に乗せられた、皿、皿、皿。
皿の上に乗せられた、一目でおいしいことがわかる料理の数々。
私と荘司郎は、もう、それ以外に意識と五感を向けることが出来なくなった。
気がついたら、荘司郎は口に鶏肉を運んでいた。
カリカリとした皮、あふれ出る肉汁、程よい弾力の繊維、絶妙なバランスの塩気と甘み。
口の中のものが無くなった後も、幸せな香りが荘司郎の脳をふんわりと包んだ。
「こら。
いただきますがまだでしょうな」
怒気を孕んだ与那城の声と、もっと大人びた声質のクスクスという笑い声が聞こえる。
荘司郎が笑い声のした方を振り向くと、クラシカルなメイド服を着た女性が脇に控えていた。
メイド服の女性が、どうぞ、とでも言うかのように、手の平を上にして開く。
荘司郎が手を叩いて頭を下に振った。
「いただきます」
>それだとお祈りのポーズになっちゃうよ。
『どう違うんだ?』
>えっと……。
確かに言われてみれば、元はこの風習も祈りの一種なので、これも正解と言えば正解なのかもしれない。
「……まあ、いいでしょう。
貴方を拾った私に感謝しながら食べなさい。
うちのシェフの腕は、配給屋のそれなんかとは次元すら違うわ」
この後は暫く荘司郎の食事が続くが、それを逐一報告する必要性は無いと判断し、ある程度時間を進める。
あれだけ大量にあった料理も、荘司郎の手、いや、口にかかれば瞬殺だった。
「ご馳走様でした。
ところで、今更なんだが、何故この家は俺みたいな貧乏人にそこまでするんだ?」
荘司郎の疑問も当然であった。
私達が彼女にしたことといえば、スパイの容疑をなすりつけ(まあ、彼女が犯人そのものだったのだが)、熊男に散々指を叩かせたくらいで、恩を感じさせるような事はした覚えが無い。
「それは……うちのパパから説明があるわ」
妙に口ごもっていた。
メイドが部屋の奥の扉を開ける。
入ってきた扉の反対側にある扉だ。
すると突然、金管楽器のファンファーレが鳴り響き、荘司郎の体がピクリと跳ねた。
開かれた扉の奥には、突き当たりにまた違う扉のある部屋。
まだ閉じられる扉の脇には、また別のメイドが立っていた。
彼女も同じようにして扉を開く。
するとまた、扉とメイド。
開く。
扉とメイド。
開く。
扉メイド。
開く。
扉、メイド、扉、メイド、扉、メイド。
それを十回以上繰り替えし、最後の扉が開かれると同時に、その奥からバリトンボイスが高らかに響いた。
「ブワーッはっはっは!!」
蹄の音を鳴らして、白い馬が近づいて来る。
扉を潜り走る馬。
距離が近くなることで、その上に乗っている人物を視認できるようになる。
食卓の前で止まる馬。
男が軽やかに、地面へと降り立った。
漫画ならば『ビシィッ!』というオノマトペが飛び出してきそうな勢いで、男が荘司郎に人差し指を突きつける。
「今日から私が、貴様の神だ!!」
男の頭部には、毛髪が無かった。




