与那城の家
真っ暗闇の中で、私の意識は目を覚ました。
いや、この言い方では暫く意識が無かったように思われるかも知れないが、記憶をしていないだけで薄ぼんやりとした意識はあった。
確かに空白の時間はあるが、それはあくまで私にとっての空白であって、存在し続けるという仕事はキチンと達成している。
勘違いしないでほしい。
兎も角、真っ暗なのは怖いので、私は荘司郎に声をかけた。
>荘司郎、起きて。
>起きてよ。
>暗くて何も見えない。
『もう少し寝かせてくれよ。
色々あって疲れてるんだ。
それに、なんか、ふわふわしていて心地が良い』
とてつもなくふにゃけた荘司郎の声に、私は思わず笑う。
『うるさい』
確かに心地が良いのだ。
ふわふわとした何かに体を包まれる浮遊感。
程よい温かさ。
まるで鳥の羽に包まって眠っているようだ。
『いや、羽毛に包まって寝てるんだろ』
荘司郎がようやく目を開いた。
見覚えの無い、淡い桃色の天井。
何だか少し、甘い香りが漂っている。
これは女の子の部屋だな。
何の確証も無く、私はそう思った。
荘司郎の手が、羽毛布団と思われるものを払いのける。
>ああ、勿体無い!
「あら、起きたの?」
荘司郎が右を振り向くと、視界の中に、床にドミノを並べている与那城が入った。
指と顔に、大げさに巻かれた包帯が一緒に目に入って、少し胸の奥がちりりとする。
もっとも、私に胸などというものは、ましてやその奥などという部位は存在しないが。
「何をしているんだ?」
「崩しているのよ」
トン、と、与那城が最初の一つを軽く押した。
カラカラとけたたましい音を立てて、次々と長方形が倒れていく。
ガタガタと進む倒壊の波は、ベッドに腰掛ける荘司郎の足にぶつかって止まった。
「あなたも崩れなさいよ!」
与那城が荘司郎の肩を右手で押す。
力なく荘司郎がパタリと倒れた。
何がおかしいのか、与那城がキンキンとうるさい声で笑った。
更に不可解なことに、つられるように荘司郎も笑い出す。
「凄いなこれ、なんなんだ?」
「あなたドミノも知らないの?
呆れた!」
元気そうで良かったと、荘司郎が心の中で溜め息を吐く。
>良くない。
>元気じゃない方が、世の中が平和になるタイプだよ、この子。
「ここは、お前の家か?」
「そうよ」
「どうして、俺を?
俺を恨んではいないのか?」
「質問ばかりする人は嫌い!
それより、これ、見なさいよ」
与那城が上から、奇妙な銀色の物質を視界に被せた。
その物資には、長い黒髪の艶やかな、与那城とは違ったタイプの美少女が映っていた。
「誰だお前は」
……………。
荘司郎が喋ったのと全く同じタイミングで、美少女が口を動かした。
「え?」
>え?
と、いうことは……。
>君、女の子だったの?
「いや、そんなはずはない」
与那城が、荘司郎の手に鏡を手渡した。
「くきき!
凄いでしょ!
それ、あなたが寝てる間にうちのメイドがやったのよ。
髪を伸ばしっぱなしだったのが、寧ろ幸いしたわね。
寝てる間に体も洗ってあげたのよ、感謝しなさい!」
荘司郎が立ち上がって、鏡で全身を観察する。
まだあどけなさの残る顔立ちと、ふりふりの可愛らしいスカートが絶妙にマッチしていた。
「一つ質問してもいいか?」
「どうぞ」
「何故女の格好なんだ?」
「サイズの合う服が、私のお下がりしかなかったのよ、仕方ないじゃない。
そうそう、あの臭っさいのは捨てておいたから」
荘司郎が絶望する。
『俺の……俺の、毛布が。
一週間かけてやっと着れる形にした毛布が……』
>そんなもの着てたの!?
>だったら絶対こっちの方がマシだよ。
>それに……似合ってるし。
荘司郎が、力なく崩れて、うううと怨嗟の声を漏らした。
「折角可愛くしたんだから、そんな声を出すな!
ほら、早くいくわよ」
与那城の右手が、荘司郎の左手を引っ張る。
倒されたり持たされたり引っ張られたり。
なんだか、この女の意のままに荘司郎が動かされているようで気に食わない。
「……どこに?」
「お腹、すいてるんでしょう?
もう用意させてるから、さっさといきましょ」




