殺害
>荘司郎、どうしよう、逃げようが無い!
『窓だ! あいつをどかして窓から……』
運転手が更にアナウンスを飛ばす。
「尚、都合により車内の全箇所の窓をロックさせて頂きます。
ご了承下さい」
>どうしよう!
『知ったことか』
荘司郎が席から立つ。
隣に座っていた彼女の襟首を引っ掴んで引っ張り出した。
満身創痍の荘司郎の何処にそんな力が残っていたのか、少女の体が弾き飛ばされる。
そのままの勢いで、荘司郎は窓ガラスに向かって突っ込む。
荘司郎の頭がガラスにぶつかり、そして跳ね返された。
『いってぇ!!』
>いってぇ!!
ぐるぐる回る視界の中、防弾使用と書かれたステッカーが誇らしげに胸を張っていた。
「配給課の者だ!
これより査察を開始する」
耳につく野太い声。
熊のような男が三人、ケーブルカーの中に乗り込んだ。
「ああ、ライブカードは出さなくていい」
男の中でもずっと荘司郎の事を追いかけていた一人が、床に座りこみ目を回す荘司郎にゆっくりと近づいてくる。
「犯人はここにいる……おや、こ、これは、与那城様!
先程は大変失礼なことを」
「いいから、とっととこの野蛮人を捕まえて頂戴」
男が懐から、大きな肉切り包丁のようなものを取り出した。
「糞ネズミが。
散々人の事走らせやがって」
首を掴まれた。
そのまま地面に頭を押さえつけられる。
>やだ、いやだ、いやだ、いやああああああ!
私の思考がフリーズする。
仕方が無かった。
熊のような男に馬乗りになられて刃物をちらつかされたのだ。
怖いに決まっている。
でも、荘司郎は違った。
「ひ……で………」
「あ?
なんか言ったか?」
荘司郎が腕を伸ばして、義手の少女の左手を掴む。
そのまま体重を乗せて思い切り引っ張ると、手袋を義手ごと引き抜いた。
すぽりと抜けたその奥には、滑らかな肌と、唖然とした表情があった。
左腕は完全な状態で、通常の人間となんら変わらず肩から生えていた。
ちゃんと指の先から爪まであった。
「な! 何するのよこの糞ネズミ!」
熊男の視線が、彼女の腕に引き込まれた。
「何は貴様だ糞アマァ!」
「キャッ」
荘司郎の首を掴んでいた手が、今度は少女の左腕を掴む。
「お前この腕はなんだ? 何だ俺を騙そうってのか?
なあえぇ、与那城ぉ?」
「調べるぞお、しらべるからなあ!?」
唾を飛ばしながら、男は小型の装置を取り出した。
与那城と呼ばれた少女は必死に男の足を蹴るが、男はビクともしない。
装置が彼女の左腕に翳される。
「はははそうかそうか。
お前元は与那城じゃなかったのか。
ええ、わざわざこっちで、与那城の下の下の下らへんのぼっちゃんと、ねえ?
汚ったねぇ売女だなあ。
なあ、隣町の与那城香織!」
荘司郎の体が自由になる。
喉の圧迫感が無くなったことで、私は冷静さを取り戻した。
>当たり、だったね。
『ああ。
事件解決だ。
全くすっきりしないけど』
突然熊男が与那城香織の頬を拳で殴った。
「う、あ、あ、う」
与那城の口から唾液と共に、うめき声が漏れ出る。
「散々馬鹿にしてくれたなあ、与那城。
お前ら与那城がいるから、俺達庶民の生活はめちゃくちゃになるんだ。
ええ、何が与那城だ?
そもそもてめえはただの敵じゃねえか。
隣町の人間は、殺す、殺す、ころすのが戦争のルールだなあ!
でもてめぇは只の敵じゃあねえ。
この俺を馬鹿にしやがった!!
こんな糞みたいなおもちゃで……」
男が義手を踏み潰した。
ついでと言わんばかりに、もう一発与那城の顔を殴り飛ばす。
「俺を馬鹿にしやがった!!
おい、お前ら、こいつを押さえつけとけ」
ずっと待機していた二人の男が、崩れ落ちた与那城を立たせ、両腕を持って動けないようにする。
>席に戻ろう、荘司郎。
>何か派手なことするみたい、ここは危ないかも。
『そう……だな』
しかし、荘司郎は私の提案を聞かず動かなかった。
「てめえは殺すだけじゃ済まん。
まずは死ぬより酷い目に遭わせて、殺して下さいって言うまで嬲る。
そのまま靴を舐めたら、家に持ち帰って飼ってやろう。
時々殴り飛ばしてやるんだ、ああ、それは良い!」
男が刃物を与那城の左手の指に突きつけた。
血が流れる。
正直に言うと、あまりこれ以上は見たくはないので、私は荘司郎に再度座席へ戻ることを薦めた。
しかし、荘司郎は動かない。
『なあ、俺……おかしくなったかもしれない』
>え?
荘司郎はそれ以上何も言わなかった。
「綺麗な指してるよなあ、お前。
ピアノとか上手そうだな。
じゃあ、まず、それをぶっ潰す」
熊男は刃で指を切るのではなく、刃物の柄の部分で指を思い切り叩き始めた。
「いだい、いだい、いだああああい!!」
与那城が叫ぶ。
荘司郎が立ち上がった。
>何を、するの?
何度も何度も、刃物の柄が叩きつけられる。
「ああ、あああああ!
いやあああああああああああ!!」
荘司郎は熊男の腰を見ていた。
そこには、嫌に高級そうな皮製のベルトが巻かれていて、乱暴に拳銃が引っ掛けられていた。
男が刃物を振り下ろすタイミングに合わせて、荘司郎が拳銃を引っ手繰る。
そこから先は、特に何事も無かった。
ただ、荘司郎が与那城の指に夢中になっている男の後頭部に銃口を突きつけ、そのまま撃っただけだ。
実にあっさりとしていた。
そこには、何の情動も無かった。
そこから暫くは記憶が曖昧で、ただ、何故か拍手の音が聞こえたことだけは記憶している。




