質問 車内査察
「あなた、臭いんだけど。
離れて座って下さる?」
窓の外を見たまま、隣の座席に腰掛けた荘司郎に対して、少女がトゲの有る声を飛ばす。
正直に白状すると、私はこういう声色の女が生理的に受け付けられない。
「お前、さっき配給テントにいたよな」
「息が臭い。
黙って」
「入ったら、突然ライブカードを調べられたんだが、一体中で何があったんだ?」
車窓の外の景色がゆっくりと流れ始める。
少女がふうと息を吐き出した。
こちらに振り向く。
「知りたいの?」
少女はなぜか高揚したような表情をしていた。
長手袋に包まれた右手を頬に当てる。
下手糞でわざとらしい演劇のような、とても嫌な感じの仕草だ。
「教えてくれ」
「あなたは請願より、要求を先に相手に伝えるのね。
そんな人、今のこの世界では生きてはいけないわよ。
……まあいいでしょう。
教えてあげる。
あのテントでね、私見たの」
「何を?」
「死体よ。
配給食を口にした人が、次々と倒れていった。
きっと毒か何か入っていたのね。
あまりにも小気味良く倒れていくものだから、配給課の人達、みんな大慌てだったわ」
>気味の悪い子!
私は嫌悪感を押さえきれなくなって、ついに彼女を否定してしまった。
彼女には絶対に、私の悪態が聞こえるわけが無く、それがとてもずるいことだとは私も理解していた。
「それで、あのスパイ探しか」
「そうね。
あなたも知っている通り、その場にいた全員を閉じ込めて、配給課の人達がライブカードを調べ始めた。
暫くして突然配給課の人達が、死体も放り出して突然テントの外に飛び出して行ったわ。
きっと有力な容疑者が見つかったのね」
荘司郎が彼女を観察する。
ふわふわとしたボリュームの多い髪、それとは対象的な刃物のような目つき。
かなり落ち着いたデザインの、辛うじてゴスロリドレスと呼べそうな衣服に包まれた、決して凹凸が無いわけではない胴体。
黒のストッキングに包まれた、特に特徴の無い足。
長手袋に包まれた両手。
荘司郎側、つまり左手の手袋の奥、肘から先に不自然なふくらみがあった。
「お前はカードを調べられなかったのか」
く、とも、け、とも判断の出来ない奇妙な音を口から漏らして、少女が俯く。
彼女は笑っていた。
「失礼な溝鼠ね。
そうよ。
私には左腕が無いの。
だからライブカードも無い。
でも、私にはそんなもの必要無い。
……私の名前、聞きたい?」
「俺に名前を伝えても仕方が無いと思うぞ。
見ての通りの浮浪者だからな、俺は。
なあ、有名人さん」
「そのわりには喋れるじゃない、あなた。
もう少しマシな体臭をしていたら、仲良くなれたかもしれないわね」
ああくさいくさいと呟きながら、彼女は鼻を摘んで窓の外を向いた。
>…………どう思う、彼女?
『黒かもな。
右手の手袋が綺麗過ぎる。
布地に歯型も見つからなかった。
つまりあいつは、わざわざ人に手伝わせて右手に手袋をはめてることになる。
ずれる度に直させなきゃ、いけないともなると、付き人かなんかがいなきゃ無理だ。
よっぽどのお嬢様ならわかんないけどさ』
>でも、そういうことを仄めかす口ぶりだった。
『ま、わかんないさ。
もうあの熊からは逃げ切れたようなもんだから、真犯人なんてどうでもいいしな』
>ええ?
>大量殺人犯が隣に座っているかもしれないんですよ?
>気持ち悪くないですか?
『お前が言うか?
よくよく考えると、お前の方がよっぽど気味悪いぞ?』
荘司郎の口角が釣りあがるのがわかった。
突然車体ががっくりと揺れ、ケーブルカーが停止する。
荘司郎の体が、揺れ何も入っていない胃の中がシェイクされた。
>うえっ。
『おえっ』
なんだなんだと、乗客が野次を飛ばす。
喧騒の中でも確かに届く音量で、運転手の声と思われるものが、天井のスピーカーから流れてきた。
「配給課から車内の査察を行いたいとの連絡を受け取りました。
お急ぎのところ大変申し訳ございませんが、席に座ってお待ち下さいませ」
 




