完 ジャックされそうです。
「ああ、不快だ。
そんな時は人間を殺すに限る」
ジャックは舌舐めずりをすると、もう既に意識を失ってしまった麗花の細い首に手をかける。
「待て!」
A太がジャックの腕にしがみつく。
「なんでしょう?
今私は不快なんです」
「殺すなら僕にして下さい。
貴方を不快にさせたのは僕だ。
この子は何もしていない。
それに、さっき見て貰った通り、僕なら何度だって殺す事が出来る。
存分に殺せますよ」
声が上ずりそうになるのを必死に抑えて、A太がジャックに訴えかける。
「成る程……筋は通っていますね」
「でしょう、だからその子は…」
A太の言葉をジャックが遮る。
「私はね、休日なんかは良く雑貨屋に行ったりするんですけど、絶対に一つだけ買わない物がありましてね。
なんだと思います?
無限に潰せるプチプチの類です。
いえね、梱包材のプチプチはいいんですよ。
寧ろ大好きです。
でも、無限プチプチは許せない。
潰しても、何も残らないからです。
最初のうちは楽しいかもしれない。
でも、飽きたらそこでお仕舞いなんです。
潰した記録すら残らない。
無限プチプチを潰す事に使った全ての時間が否定されてしまう。
…そんな気がしませんかね。
つまり何が言いたいのかと言うと、貴方を殺してもつまらない。
だって、貴方が死んだって誰も悲しまないのだから」
ジャックの長ゼリフの合間に、A太はポケットから注射器を取り出して、それの中身を後ろ手に注射していた。
(こんなの一生使わないと思ってたけどね)
「さあてと、それじゃあジックリと頂きますか。
ほらほら、見てくださいよ。
少しずつ首が締まっていきますよ!」
しかし、ジャック以外誰もそこを見てなどはいなかった。
A太の腕に、バースの機関銃の弾が次々と送り込まれている。
毎秒100発という恐ろしい速度で発射され続ける弾丸は、一発もA太の腕を貫通することなく、次々と腕の中に飲み込まれていった。
説明しよう!
A太が打った注射器の中身は、超強力な毒薬である。
ありとあらゆる毒物に抗体をもつA太ですら、常に即死し続ける程の恐ろしい毒なのだ!
この毒薬には副作用がある。
A太の持つ再生能力を限界まで高めるのだ。
つまり、今のA太は死んで生き返ってを、周囲が観測出来ない程の速さで繰り返しているという状態だ。
加えてバースの機関銃だ。
弾丸を腕に当て続ける事により、腕の細胞を集中的に死滅再生させる。
これらが組み合わさると何が起こるのか。
それは進化である!
A太の腕は死と生の末に、現存する生物では本来あり得ない筈の進化を成した。
大量の鉛を飲み込んだせいか、鈍い銀色に輝くそれは、表皮を目に見えない膜が覆っている。
反物質とでも呼ぶべきその膜に最後の一発の弾丸が触れると、まるで手品のように弾丸はこの世から消え失せてしまった。
これならいける。
A太はそう確信すると、ハッキリとしない意識のまま、麗花を掴む腕を千切るべく、ジャックに殴りかかった。
ジャックは楽しんでいた。
キュウという、麗花の口から漏れる音。
少しずつ色を失って行く頬。
体温。
硝煙の匂い。
それら全てに全神経を集中して楽しんでいた。
戦いの場においては似つかわしくない油断。
それも当然であった。
何故ならこれは、余りにも強大過ぎるジャックにとっては、戦いなどではなく一方的な殺戮でしかないからだ。
自分を殺すどころか、あの矮小な人間どもは自分の髪一つ抜くことが出来ない。
ほんの数秒前まではその筈だった。
「ぎいえあああぁぁあ!?」
A太の腕が、ジャックの腕を肩ごと消し飛ばす!
握力を失ったジャックの掌から、麗花が解放される。
「い、いだいッッ!!
いいいいいだあああああぁぁぁイイいいいいい!!?」
「その様子だと、骨折とかした事なさそうだね。
…流石に可哀想だから、楽に終わらせてあげるよ!」
ズボッ。
首から上を失ったジャックの体は、痙攣したカエルのような格好のまま、ぐしゃりと崩れ落ちた。