起床
ひたひたと歩く三人と一体。
「お願いします、ジャックさん。
必ず、確実に……」
「仰せのままに」
呆れた調子で溜め息を吐く麗華。
「………結局最後まで人任せ。
腐ってるわ、あなた達」
「ぶっ殺すぞ小娘」
自嘲気味に楓が微笑む。
「どう考えても、この中で一番人を殺すのに向いていないのは私。
人に任せるのは合理的な手段です。
私はあいつが死ぬところを見られればいいの」
「………貴女の目指すものが、またわからなくなった」
「私にもわからない。
けれど、これだけは言えます。
もう、二度と……」
楓の言葉が遮られる。
「着いたぞ。
だが、その前に、伝えなければいけないことがある」
荘司郎が楓をじっと見据える。
「なんでしょう?」
「さっきから物騒な話をしていたが、ここであの老人を殺しても、まるっきり無駄なのだ」
「え?」
「その、突然こんなことを言われても、ピンとは来ないかと。
だが、なるべく正確に伝えるとするなら、そろそろこの世界はリセットされるらしい。
確か……よし…だ? だかが来る前の世界に」
二人と一体は、お互いに顔を見合わせる。
「吉田さんって、どなた?」
「………リセット?」
「まるで要領を得ていない説明ですね」
荘司郎が犬のように頭を振る。
「ああもう!
与那城博士が直接話す。
だから、少し殺すのを待ってほしいのだが」
「いえ、その必要はありませんよゲストの方」
まるで最初からそこに存在していたかのように、ありふれた形の扉に寄りかかりながら伯瑛が手を振った。
「もう既に全工程が終了しています。
それが何かを理解するまでも無く、あなた方はそれに巻き込まれる」
無表情で、楓が手を振り下ろした。
ジャックが全細胞を凶器へと変換し、その身そのものを弾丸にして伯瑛に襲いかかる。
しかしその攻撃は伯瑛をすり抜け、その奥の扉を跡形も無く消滅させるだけに終わった。
その扉の奥の光景があらわになる。
「少し早くなってしまいましたが、今世界初披露ですね。
これが、生物の可能性の極北です」
シリンダーのなか
「……え?
何、あれ」
「………瑛太?」
「良くご覧になってください。
これが極限に至るまで死と蘇生を続けた生命の姿です。
口と鼻は退化し、呼吸は全部位の皮膚でのみ行い、生命の維持に必要な食事も、体内の老廃物を再利用して、再度栄養源へと変換するため必要が無い。
感覚器官として、まず目につくこの頭部の複眼付き体毛ですが、これがまた素晴らしい。
この毛はスプリング状の組織で構成されていて、有る程度の伸縮が可能でして」
「うるさい!!!」
「同じ実験体同士の感情移入ですか?
いやあ、君も人間らしくなった」
「あなたは、また、そうやって、人を玩具にして。
ああ、ああああああああ」
「あまり時間が無いので、続けさせていただきます。
まあ体毛は兎も角として、何よりもこの生物のすばらしいところは、プラナリア由来の自己複製能力でして」
「ほら、こうやって切ると、幾らでも増えていきます。
しかも増えた部分によって重心が崩れてしまわないように、四本足の筋肉量が自動で可変するというのだから驚きです。
それにしても、ジャックさんと言いましたか、貴方には感謝していますよ。
貴方が実験体Aに与えた足。
アレが素晴らしかった!
此処まで既存の生物の枠を超えて形状が変化したのも、貴方様のお陰でございます」
「わ、わた、私がこの化け物を、産み出した?」
「左様でございます。
いやあ、無脊椎動物と既存の哺乳類に近い姿を行き来しながら、最終的にこの発条動物とでも言うべき姿に変化する様は、それは大層圧巻でございました。
リセット後の世界では、みなさんにはこの姿を是非とも目指して頂きたい」
「ほら、実験体A。
3億年前の生物達だよ」
「やめろ!
開けるな!
それを近づけるんじゃない!!」
「あああああああああ」
「うお……え」
「………きれい」
「おや、貴女はよくわかっていらっしゃる。
……動きだしましたね」
「………どこに行くの?」
「………待って、瑛太。
置いてかないで」
「………これ、瑞希さんの」
「………そう。
わかった。
手伝ってあげる」
「………大丈夫。
きっと、大丈夫。
だって、あなたは私とは違うもの」
「………あなたは、どんな形でもあなただった。
だからきっと、これから何が起きても、あなたはあなたでいられる」
「………本当に綺麗。
生き物が溢れていく。
みんな、生きてる」
「………またね。
また、会えるよね?」
じりじりじり。
機械の立てる音が頭にこびりつく。
薄く目を開けた。
いつもの薬品臭い部屋の中で、私は一人、数年ぶりにあくびをする。




