デストロイアンドバックアップだそうです。
「さて、君は何処かで子犬程の大きさの奇妙な生物を見たことがあるんじゃないかな?
既存の生物とはかけ離れた姿をした、そう、例えば鉄のようなもので体の一部が出来ていたり」
「世界中の全てをストーキングでもしているのかい?
確かに見たよ。
鉄の三本足だった」
カツン、コツン、トプンと、むきだしのコンクリートの壁に、三種類の足音が跳ね返る。
「それは君が産み出したものだよ、実験体A」
「意地でも瑛太って呼ぼうとしないよね、まあ、それで良いんだけど」
「君は驚くと話題を逸らそうとする癖があるな。
あの奇妙な生物は、君がある期間のうちに一定数以上の死を経ると生成される。
原理は僕にもわからないけど、まあ君自体がバグの塊みたいなものだからな、なんでもありなんだろう。
君は死と繁殖するんだ」
「嫌な奥さんだ」
温度の低い通路の突き当たりには、特に特別な点の無いありふれた形の扉。
伯瑛が、それを押し開けた。
「着いたよ」
SF映画のような空間だという感想をA太は抱いた。
透明な溶液が詰まった巨大なシリンダー。
そこに繋がった無機質なパイプと繋げられた何処か古めかしい雰囲気の巨大な装置。
「さて、話の続きをしよう。
ゾンビの話からはじめよう。
松原重敏は死んだ。
それは、ゾンビを無限に産み出す技術がこの世界から失われたことを意味している。
彼が指導した研究員達も、ジャックと呼ばれるゾンビが全て殺してしまったからね。
だが、まだ存在しない存在を無限に産み出し、この世界の容量をパンクさせる方法が一つだけある。
実験体A、君だ」
「不思議な顔をしているね。
そりゃそうだろう。
容量がパンクしかけたせいで、全ての物事が悪い方向へと変わって行ったからね。
僕は更にその先へ行くことを提案しているわけだ」
「だが、その先には間違いなく光がある。
いいかい? この世界の容量を君一人で使い切るんだ。
世界をぶっ壊せ!
ただ、実際には壊れる手前で世界は停止する。
そういう仕掛けを私が仕込んでおいたからね。
容量が限界を超える直前、この世界の観測者である向こうの世界の与那城瑞希が……私の娘が目を覚ます。
その後は、彼女がバックアップディスクを機器に挿入し、再び観測に戻るはずだ。
バックアップはデータインプットの直前、つまり芳乃楓がこの世界に来る直前に一度行われているはずだ。
わかったかい?
バックアップだ。
デストロイアンドバックアップ。
簡単だろう?」
A太が溜め息を吐く。
「で、その為に僕が死にまくるわけね」
「そろそろ君の本当の気持ちを知りたいものだね。
今なら瑞希も聞いているかもしれないよ?」
更に深い溜め息を吐いた。
A太が伯瑛を指差す。
「まず一つ、お前が憎い。
特に理由は思い当たらないけどね。
もう一つ。
どこか他の世界で生きていたとしても、僕にとって僕の母親が死んだことに変わりはない。
だから葬式をしたい。
ごっこでもいい。
兎に角、あの人が死んだってことを、僕は僕に刻み付けたいんだ。
だって、僕は……まだ泣いてない」
伯瑛が乾いた声で笑う。
「わかった。
君がこの作戦に乗ることを条件に、あの死体を君に渡そう。
君が急死した後、生物が産み出されるまでにある程度のラグが出来ることが予想される。
その間に葬式でもなんでもすればいい。
それで、どうだい?
やる? やらない?」
「今更それ聞く?」
「無粋だったね」
伯瑛がわざとらしい程目立つ赤いボタンを押す。
中身の液体がパイプを通って吸いだされ、ギイという嫌な音をたてながら、シリンダーの一部が手前に開いた。
丁度その時、銃を持った男達が項垂れた荘司郎を発見する。
足音が近づいてきたことに驚いて、荘司郎が頭を上げる。
こつんと銃口が、荘司郎の頭頂部にぶつかった。




