引っ掻きたいです。
「おっと、これではゲストの方がご健在であられる理由を語りきれていませんな」
そんなことはどうでもいいという思いを心の中で呟きながら、A太と荘司郎は焦る。
先に口を開いたのはA太だった。
「あんたが幻覚見えてるキチガイだって可能性は否定できない。
けど……。
本当に孤児院のみんなが、母さんが死ぬ前に戻せるんだな?」
「戻せる。
ただし、一つ大きな問題がある。
芳乃楓がここに来る直前、その時間にはまだ君はこの世に産まれていない。
また、瑞希が君を産み出すかどうかは、誰にもどころか、僕にすらわからないんだ」
A太は即答する。
「その方法を教えてくれ」
荘司郎が口を挟む。
「おい、いいのか?
お前が消えるかもしれないんだが。
……軽い気持ちでこの人の話には乗らない方がいいと思うぞ。
散々見せ付けられてきた。
本当に、消えるぞ、お前」
「僕が今ぱったり死ぬってなると、もしかしたら少しは悲しむ人がいるかもしれないけれど。
そもそも産まれなくなるかもしれないんだろ?
そしたら誰も僕の事なんか知らない」
「でも、そしたらお前は」
「僕?
僕は幸せさ」
「は?」
伯瑛の真似をして、A太が両手を大仰に広げて、人間という存在について語る。
「僕はずっと人間ってどんな生き物なのか考えてきた。
結局まだ、はっきりとした結論は出てないけれど、僕が思うに、人間は引っ掻くために生きてる。
人間っていうのは、引っ掻き癖があるんだよ。
事有るごとに、世界を引っ掻いている。
時には引っ掻き回してる。
そうやって爪あとを残していくんだ」
「伝言ゲームでもいい。
世紀の大発明でも性器の出し入れでもいい。
なんでもいい。
兎に角、世界に自分だけの爪あとを残すんだ。
死んでも自分を世界に残したいから、必死に世界を引っ掻く。
人間っていうのはそうでもしないと死ねない生き物なんだ。
そして、そういう意味では最近の僕も人間だ。
彼らに引っ掻かれたせいかな?
世界を引っ掻きたいんだ。
引っ掻きたくてしょうがないんだ」
荘司郎は、危険な輝きを放つA太の目を覗き込む。
「でも、お前がしようと……させられようとしていることは、爪あとも何もかも、全部無かったことにするようなことだ」
「いいや、確かに僕がやったとしても、僕がやったという証拠は残らないかも知れないけれど、その代わりに僕はこの世界を、母さんと消されてったみんなを残すことが出来るんだ。
それに、前にも言った通り、僕が消えたとしても誰かを傷つけるような引っ掻き方はしない。
全部丸く収まってハッピーエンドさ」
A太は伯瑛の方へ振り向く。
「さあ、教えてくれ」
「ゲストの方……よろしいですかな?」
数秒の躊躇いの後、荘司郎は顔を僅かに落とした。
「こちらへ」
伯瑛に連れられ、A太は瑞希の元を離れる。
荘司郎はがっくりと項垂れたまま、動かなかった。
A太はその光景を視神経を通して脳に刻みつける。




