長い話でした。
「おや、お待たせしてしまいましたね、ゲストの方。
これは申し訳ない」
態度を一変させ、伯瑛が荘司郎に頭を下げる。
しかし荘司郎の目には伯瑛の姿は映っていなかった。
「瑛太?
瑛太なのか?」
「そうに決まってるじゃないか。
この老人の魔の手から、母さんを取り返しにきたんだ」
荘司郎はA太の表情を構成する要素、その全てを分析し観察する。
それら全てが組み合わさり、怒りの感情を表現しているように、荘司郎の目には映った。
そして、それについて荘司郎は心の底から驚愕した。
「お前、人間になったのか?」
「何言ってるんだい。
僕は実験体Aだよ」
「は?」
「そんな名前の人間、この世に存在していると思うかい?
それより君はこんな所で何をしているんだい。
……言い方は悪いけれど、どうして生き残れているんだい?」
蚊帳の外にいることを不満に思い、伯瑛が大仰に両手を広げて語り始める。
「それも含めて、僕がこの世界の真実を話そう。
まずこの世界がプログラムで動いていることは、君とゲストの方もご存知の通り。
凄いだろう?
でも、僕が組んだプログラムだからね。
当然さ。
まあ、正確には僕じゃなくてこのシステムの外の僕なんだけど」
「でもまあ、僕も所詮人間だった。
暫くのうちは何一つ問題無く、世界は回っていったんだけど、一箇所だけ致命的なセキュリティーホールを残してしまってね。
そこからウイルスが入りこんできた。
芳乃楓っていう名前の女性だ。
実験体A、君は知っているね」
「ウイルスは化け物を産み出した。
名前はguelnila。
こっちの言葉ではないね。
まあ、これ自体は大した存在じゃなかったんだ。
こちらの世界の極々一部、具体的には数人の人間のプログラムを書き換える程度の些細なものだった。
しかし、このguelnilaを応用したバグ生成プログラムをある男が作り上げる。
松原重敏。
ついさっきわかった事だけどね」
「そのプログラムが生成するバグとは?
君達にとってもお馴染みの存在、そう、ゾンビさ。
ところで、数年前にある科学者がこんな学説を提唱したのは知っているかな?
この世界の生物は生き死にを繰り返しあって、常に同じ数に保たれているんだそうだよ。
うん、実はその通りなんだ」
「その通りのはずだったんだ。
しかし、存在しているのにデータが無い扱いのゾンビ達が均衡を崩し始める。
データが有るのに"無い"から、制限にもかからず無限に増え続けるし、消そうにも何処を消せば奴らが消えるのかがわからない。
ゾンビハントなんてこともされてたらしいけど、あれ、殆ど意味無いからね。
だって何の資源も無しに、時間さえあれば無限に作れるんだもの。
まあ、作ってる側は作ってる側なりに、いろいろ苦労するみたいだけど」
「ついてこれてるかな?
さて、ここからは、もっと君達にとって身近な話だ」
「ゾンビのせいで、この世界の生物データはキャパシティを超えた。
まあ、ハードウェアの限界よりかなり下にキャパシティを設けたから、致命傷には至らなかったんだけれど。
でもこのままじゃまずいって事で、自治プログラムkhajatlughaの一部がある提案をした。
世界の一部をブランクデータに置き換えて、空き容量を作り出そうって。
まさかって顔をしているね。
そう、あの白がそのブランクデータだ。
現在、ここ素稲市以外の全世界の土地は、全てブランクになっている」
「でも、それでも足りなかった。
というか、素稲市を消してれば良かったんだけどね。
そうしたら、世界各地を席巻していたゾンビ旋風も収まっていたことだろう。
まあ、運が悪かったね。
向こうの世界とのジョイントであるここを消すわけにはいかないからね。
それとも松原氏はそこまでわかっていたのかな?」
「話を戻そう。
じゃあ、足りない分をどうしたのか。
単刀直入に言うと、人間を消したんだ。
この世界にあるものの中で、一番データを使うからね」
「気がついたみたいだね。
そう、君達の家族が消えたのは、ゾンビのせい。
元を辿れば松原氏の、更に言えば芳乃楓のせいなんだ」
伯瑛は目の輝きを増して、A太の目を覗き込む。
まるでそこから脳髄の中まで見通せるかのような、透明な目つきで伯瑛は言い放った。
「芳乃楓が来る前の時間に、この世界を戻す方法がある」
 




