芳乃楓の自己解剖1
自分の精神を解剖する。
それは芳乃楓にとって、ともすれば発狂しかねない程の苦痛を伴う行為だった。
楓は記憶の海の中を泳いだ。
実験を受けている最中の記憶は曖昧で、次にまともに思い返すことが出来たのは、実験の結果による産物であるtehckrytthを、与那城伯瑛が完成させる場面だった。
実験も終了し、その後の楓の処理を決めかねていた伯瑛は、ほんの気まぐれで楓にtehckrytthを披露する。
『ほら、ご覧なさい。
私の娘があの中に入る。
今から私の娘が、世界の観測者になるのです』
「…………」
『君にはわからないでしょうね。
例えば、神様というものは知っていますか?
それになるのですよ、あれは』
その後楓は伯瑛から唐突に開放された。
楓はまず、外を歩き自分以外の人間の姿を探した。
無知な楓も、この世には社会というものが存在し、そこでは様々な人間が存在することは知っていた。
しかしどこへ向かっても、楓は自分以外の人間と出会うことは無かった。
外で生活するうちに、楓は次第に人間らしい知恵を身につけていく。
腹が減れば、コンビニエンスストアから、研究所内で支給されていたものと同じ栄養食を持ち出し、自分の住処と決めた廃墟の一室に持ち込み、そこで食す。
ベッドの上での睡眠の心地よさを発見し、デパートのマネキンから服の役割を知り、シャワーを浴びることの重要性に気がついた頃には、言葉は発せ無いものの身なりだけなら人間の少女のそれへと変わっていた。
そのような生活が続いたある日、楓は図書館と出会う。
文字を読めない彼女は殆どの本に興味を示さなかったが、床に投げ捨てられた漫画が彼女の気を引いた。
文字と絵を組み合わせ解釈し、全巻を読み終わる頃には、細かい意味合いの正解不正解は兎も角として、文字だけの本を読みきることができるくらいには、彼女は言葉というものを知っていた。
楓は狂ったように本を読み漁った。
朝も無く夜も無く行われたそれは、楓の世界にとって革命だった。
やがて楓は自分が置かれていた環境の異常性を自覚するようになる。
映画を見て覚えた発音で、楓はひとり呟く。
「わたし、憎め、父親に似た人」
 




