アレクサンドリア麗華の歩き方
「………返事して、瑛太。
………実験体A、返事を」
guelnilaによるデータベースの覗き見も完全ではなく、A太がイヤホンを外した事には気が付かない麗華。
データベースの実験体Aに紐付けられた情報を凝視する。
突然実験体Aの中心Y座標が急上昇したことを、麗華が確認した。
そのまま実験体Aは与那城研究所の高さを越える。
その後、khajatlugha6から21のうち13個が、一斉に研究所方面へ進行し始めた。
「………行かなきゃ」
麗華は意識をguelnilaインターフェイスから現実に移すと、膝をついて立ち上がった。
「あれ、麗華……ちゃん?
あの人は? 魔王様は……」
時同じくして、楓の意識も現実に帰る。
彼女にとって都合の良い彼女の記憶は、恭蔵が焼け爛れ死に行く姿と、志倉という女性の全てを無かったことにした。
楓を存在していないことにしたい麗華は、何も聞き取らなかったことにして、サブマシンガンのマガジンを換装しながらスタスタと歩き始める。
突然記憶が飛んで前後不覚に陥った楓は、わけもわからずに麗華の五歩後ろを歩く。
脳味噌の皺に熱した油を流し込まれたような感覚を覚える麗華。
思わず言葉が口を突いて出る。
「………わけがわからない」
「あの、私もわからないです」
「………貴女って何?
突然現れて、私が生きてた理由全部壊してった」
「えっと、ごめんなさい。
でも何の事だか」
麗華の靴の踵がカツンと鳴る。
袖振り、裾広げ、花が開くかのように回る。
しかしその目だけは、刃物のように研ぎ澄まされていた。
「………それじゃあ貴女も壊してあげる。
あなたが魔王って呼んでる人はもう死んでる。
貴女のようなぽっと出の女に焼き殺された。
享年二十四歳」
楓の足が止まる。
「え、でも。
……それじゃどうして?
どうしてあの人の顔が、声が思い出せないの?
なんで? どうして?」
子供のように楓が泣きじゃくる。
それは決して可愛らしいなどと形容できるような姿ではなく、それが麗華の考え方を改めさせた。
その異常性は麗華が胸の奥に秘めるものと同種だった。
「………私は知らない。
それは貴女しか知らない。
自分を解剖するの。
ぐちゃぐちゃにした中から、見つければいい」
ジャックが楓の傍らに、影のように降り立つ。
「めぷるさん。
そいつの言葉には耳を貸さないように。
自分を切り刻むのは異常者のすることです。
アイドルは、ただただ笑顔でいることが何よりも大切なことです」
呆れて麗華が溜め息を吐く。
「………それは白痴のすること」
「そろそろ殺すぞ」
ジャックが麗華の首を掴む。
あまりに猟奇的な光景。
楓が現実へと再び意識を戻した。
通常の生物であれば腕と呼ばれるべきそれを、楓が掴む。
細い指が赤黒い肉にヌルリとめり込んだ。
「……めぷるさんが、そう仰るならば」
ジャックが麗華を離した。
激しく咳き込む麗華。
麗華の咳が止まるころには、楓も泣き止んでいた。
「ジャックさん。
私の敵は麗華ちゃんじゃありません。
それに麗華ちゃんは、私にまだ生きる理由が残っていたことを、思い出させてくれました。
私は私じゃなかった。
柑橋めぷるでもなくなってしまった。
一生お仕えしたかった魔王様も死んだ。
ついには魔王様がどんな方だったのかも、思い出せなくなってしまった。
私は白痴です。
だって、この世で一番好きになった人の顔も声も思い出せないんですから。
だから……」
楓が笑った。
「私を白痴にしたあいつを、殺しにいきましょう」
いろいろなものを置いてけぼりにして、楓は与那城研究所へと歩き始めた。
「……ああ、今日も私は、あなたの笑顔に生かされている」
その後ろを付き纏うジャック。
「………腐った茶番」
結局一番初めに歩き始めたはずの麗華は、一番最後に研究所のエントランスに辿り着いた。




