振り返る事にしました。
「なあ、バースさん。
躯呑も、消えちゃったよ」
A太の力ない呟きは、独り言で終わった。
バースも他のそれと同様に、まるで人形のように動かなくなってしまったからだ。
「わかった。
じゃあもう、忘れる事にしよう。
僕は人間じゃないからね。
忘れたっていいのさ」
色々なものを置き去りにして、A太はリビングから外に出る。
廊下の赤黒い染みがA太の視界に入った。
その先に行くには、それを踏み越えなくてはいけない。
「……ああ、もう、わかったよ。
わかってる。
僕は人間が好きだ。
人間じゃないけど、でも人間に限りなく近い何かになれたらと思っている。
だったら、人間の真似をできる限りしなくちゃいけないんだ。
そうだろ?」
「人間は自分の親の血痕を踏みつけたりしないし、トラウマは一生忘れない。
僕は人間のそんなところが好きなんだ」
振り返ってA太はリビングのドアに手をかける。
微かに軋む音。
溜息のような呼吸。
ドアが開いた。
「木葉」
返事は無い。
「沙希」
やはり返事は無い。
「荘司郎君と躯呑ちゃんと鈴音ちゃんは居ないから、えっと良……なんだっけ?」
「なんで俺の名前だけうろ覚えなんだ」
返事があった。
「君の名前だけ特に特徴が無いからさ。
もう少し躯呑ちゃんを見習いたまえ」
ニヤリと笑う良治。
「それは俺の親に言え。
ったく、失礼な奴だな。
でも、確かにそんな奴だった」
A太も笑う。
いつもの気味の悪い笑顔だった。
「なんで俺らの名前を呼んだんだ。
つい、声出しちまっただろ。
俺らの事なんか忘れて、さっさと生き返れよ」
「忘れたくないからだ。
いや、忘れようもないと思うけどね」
「身勝手な奴め」
良治は喋り疲れたかのように、ゆっくりと溜息を吐く。
「ありがとうな。
このままずっと、生きてるのか死んでるのか分からねぇ状態でいるところだった。
……あ、そうだ。
最後に教えてくれよ。
荘司郎が与那城から帰った時、どうして変にはぐらかしたりしたんだ?」
少しの躊躇いの後、A太はそのまま伝える事にした。
「与那城瑞季。
僕を作ったあの人は、荘司郎君が日記を持ってくる前には、もうここにいたんだ。
けど、それをみんなの前で直接伝えるのは、その……」
ぷっ、と良治が小さく吹き出す。
「なんだ、そんなことかよ」
「そんな事って!?」
「もっと色々、裏で悪い事してんのかなって思ってた。
お前、案外人間くせぇんだな」
「良治君の中の僕は、いったいどんな化け物だったんだよ」
「叔母さんを殺したのは実は僕でしたー……まである」
「ないよ」
人差し指で頰を一掻きする良治。
「そっか、ちゃんと考えてくれてたんだな。
だったら、後の事任せても問題ねぇか。
木葉と沙希の話も、ちゃんと聞いてやってくれよ。
それと、芽衣の奴はいつもの寝室で寝てる。
最後に、荘司郎だが」
最後まで言い終えずに、良治は元々そこに居なかったかのように消え失せた。




