死にたくありませんでした。
『………松原重敏が死んだ。
今まともに動けるのは私とあなただけ』
A太は肩をすくめる。
「結構淡々とした調子でとんでもない事を言うね」
『………首謀者が死んだ。
やめるなら今』
「僕も首謀者だ。
もっと言うなら全員首謀者だ」
麗華が敵の移動をデータベースから確認する。
『………敵の座標が接近!
対象は一人』
「こういう話をしている場合じゃなさそうだね」
薄暗い通路の中、A太は自分の足を使って横に跳ぶ。
敵は着地の瞬間を狙って麻酔弾を打ち込もうとするが、A太が跳んだ先は片隅に積まれたダンボール箱の奥だった。
箱の中に吸い込まれる銃弾。
A太のうなじから10センチメートル後ろの位置で銃弾が止まる。
男が銃を抱えて走る。
A太が辺りを見回すと、ガラス窓が視界に入った。
A太は深呼吸を一つすると、頭から窓に突っ込む。
甲高くけたたましい音が通路に鳴り響き、ガラス窓に大きな穴が開いた。
そのままの勢いで、A太は窓の外に飛び出す。
「うあっ、と」
すんでのところで、窓のヘリを掴むA太。
窓の下にぶら下がる。
男が走る音が薄暗い通路の中に響く。
A太は反動をつけて壁を蹴り上がり、今度は窓の上に通されたパイプに掴まった。
割られた窓を見て、男が銃を構えながら下を覗く。
銃口が下を向いた。
A太がパイプから手を離す。
落下しながら麻酔弾のこめられた銃をひったくった。
A太の体重全てが男の両手を引きずる。
耐えきれず、男は手を離した。
落下しながらA太は銃口を敵に向ける。
身を乗り出した敵に向かって、A太は引き金をひいた。
弾の先端部分の針が、男の額に突き刺さる。
男は筋肉を弛緩させて、窓の外に体を投げ出した。
A太は後悔した。
できれば死にたくはなかったのだ。
死ぬ過程による恐怖や痛みよりも遥かに恐ろしいものが、今のあの世界には存在していた。
地面に頭を打ち付けるA太。
それでも必死に意識を保とうとするが、その更に上から落ちてきた敵の体に押し潰されて、A太は死亡した。




