松原重敏35歳 元アメフト部
研究所入り口前の通りには、常人であれば近寄るだけで吐き気を催す程の異臭が立ち込めていた。
一体、また一体、腐肉の塊が崩れ落ちていく。
「松浦、まだ動けるか?」
「まだ……いや、嘘をつける余裕もなくなってきました。
両足、両腕、共に動きません」
ジャックが集団に切り込む。
その触手は、確かに敵の位置を捉えているのだが、何か位置ではない別の概念でズレが起きているかのように、スルリとすり抜ける。
「警戒レベルがどうたらあいつらが呟きだしてから、ずっとあんな調子だな」
「一通り戦闘の様子を観察していますが、打開策は全くわかりません。
アレクサンドリアさんによると、彼らはデータから外れた位置に移動したそうです」
「随分長いこと、訳のわからんものとばかり付き合ってきたつもりだが、今回は本当に微塵もわからん」
「ですが、彼らが我々の仮定通り、この世界の修正プログラムであるとしたら、我々が行ってきた行為はやはり間違いではなかったのでしょう」
「まあ、バグが出れば修正パッチを作るのが、プログラマの務めだな。
それをプログラム自体にやらせてるのが、奴らのイカれてるところだが。
兎に角、俺たちはあいつらを少しでも困らせてやれたんだ。
それは誇りに思うぜ」
咳払いをして、ガードレールの陰から松原が立ち上がる。
「店長、顔を出さないで下さい!」
「なあに、今更死ぬ死なないなんて気にしてる場合じゃねぇだろ。
俺は殺人未遂犯だぞ。
……ジャックもお前も駄目となれば、動けるのは俺だけだ」
威嚇射撃が松原の頬をかすった。
『………一番身長の高い右から三番目と、その左隣りが瑛太に気がついた。
裏通りに入ると思う』
イヤホンを通して、麗華が松原に現状の説明をした。
松原が肥満気味の体を引きずって走る。
「肉の壁になって死ねってことか」
『………そう、早く死んで』
「……済まなかったな。
本当に」
裏通りを目指す松原。
別の角度から、敵が走りこむのがチラリと見えた。
このままの速度を保てば、松原が先に通りの中に入る。
松原は初めて対峙した時から薄々感じてはいたが、敵が手加減をしている事を確証した。
「お前ら、来るとき、ワープしてたろ。
クソッ、舐め腐りやがって!」
松原の息が切れる。
姿勢が前に傾き、だんだんと足が自身のスピードについて行けなくなる。
松原は足を止めた。
「どうにでもなれ」
一つ深呼吸をしてから、全速力で走り出す。
松原の視界が白くなり始めた頃、裏通りを真っ直ぐ走る銃を持った男達と、その裏通りの横道を駆け抜ける松原が至近距離まで接近した。
「クォラァッ!!」
松原の肩が男の鳩尾に食い込む。
松原はそのままの勢いで自身の全体重を敵に食い込ませた。
そのまま地面に倒れこむ両者。
松原の肩が外れ、敵の肋骨が折れて肺に突き刺さった。
「……なんだよ、こいつら人間じゃねぇか」
その言葉を最後に、もう一人の敵の発砲によって、松原は息絶えた。




