世界はどこにあるのか?
「………ここは」
恭蔵は困惑していた。
突然、志倉との再開を果たしたと思えば、白い靄とポッキリと折れてしまいそうな細い石橋しか存在しない、この奇妙な空間に飛ばされたのだから無理も無い。
「おい、芳乃。
いるのか?」
恭蔵が楓と出会ってから、恭蔵の呼び掛けに楓が応えを返さない事はなかった。
しかし、今回ばかりは静寂だけが恭蔵に返事をする。
暫くしてようやく恭蔵は、自分の死に間際の事を思い出した。
体を掻きむしって、幻覚の炎を振り払う。
「クソッ!
熱い!!
なんなんだ!?」
痛みが治まって、少しずつ恭蔵が自分が置かれている現状を整理し始める。
志倉に体を焼かれた事。
それが夢などでは無く、紛れも無い現実だったこと。
自分が確かに死んだこと。
その後意識が戻ったら、見覚えの無いこの謎の空間に自分がいたこと。
それ以上はわからなかった。
「そういえば、あのデータにダストボックスという項目があったな。
俺は、捨てられたのか?
……芳乃。
いないんだろう?
頼むから返事を返してくれるなよ!」
やはり返事は無い。
そのことが恭蔵に安堵をもたらした。
「こうしていても仕方がないか」
恭蔵は橋の下に足を滑らせないように、慎重に前へと進んでいく。
歩きながら恭蔵は考える。
志倉は何故自分を殺したのか。
そもそも何故あの場所にいたのか。
……なぜマンションに火をつけたのか。
あまり考える時間は無かった。
何故なら志倉本人が恭蔵のすぐ目の前に現れたからだ。
「大家……」
「志倉です。
いい加減覚えて下さい。
…………なんて、昔みたいなやり取りがまた出来るとは思いませんでした」
「志倉。
俺が、怖いのか?」
「怖……かったです」
「なら良かった」
お互い気まずくなって、言葉に詰まる。
「いつもみたいに我輩って言わないんですか?
なんか違う人みたい」
「芳乃がいないからな。
魔王である必要も無い」
「それは悲しいなぁ。
アレ結構好きだったんですよ。
まあ、死んじゃったから、それもこれも、こんな気持ちもどうでもいいのかも知れないけれど」
「待て、早まるな。
まだこうして自分の意思で会話ができているだろう。
心を捨てるな!
そう忙しないからお前はあんな事を……あ、いや」
「怖かった。
本当に恐ろしかった。
私も皮を内側からひっくり返されて、腕を足の位置にくっつけられて、滅茶苦茶な腐った生き物にされるって思った。
本当に、本当にごめんなさい。
そこからは良く覚えてないの。
覚えてるのは、熱かったってことだけ」
結局のところ原因は、魔王として人間を魔物に変えた自分にある。
恭蔵はそう考えた。
「はは。
なんだかんだで悪行は巡り巡って自分に返ってくるものだな。
嫌な仕組みだ」
「そうだね。
ごめんね。
私はせいぜいこの世界の歯車にしかなれなかった」
唐突だった。
「あ、消される」
「消される?」
「どうしよう。
釜谷さん。
もっと、もっと怖いのが来るよ。
怖い、怖い、怖い、こわ」
「」
「」
「」
「……………クソッタレ」
恭蔵は上を見上げる。
「おい、聞こえているか!
お前らがどこの誰かは知らないが、俺は俺が誰だか知っている。
俺はそっちからしたら、せいぜい数行の英数字の組み合わせでしかないのかもしれない。
だが、俺だって、俺にだって俺の世界があった。
そこには俺がいて、芳乃もいた。
俺を消すのはさぞや簡単だろう。
だが俺からしたら、それはとんでもないことさ!
だって、俺がいなくなったら、芳乃はどうなる?
俺の世界征服は誰に託せばいいんだ?
あああ、クソッタレ!!
怖いさ。
怖いに決まってるだろ!
長いな。
よくこんな長ったらしい戯言を聞いてくれたもんだよ。
ありがとう!
最後に言わせてくれ」
恭蔵は思いっきり息を吸い込んだ。
涙が何処かへと消えていく。
「インマイヘッド!!」




