夜の始まり。
「みんな、みんなどうかしている」
このまま作戦に移るのは危険だと考えて、A太は暫定的にこの集団を仕切っている松原の元に向かう。
事務室の扉を開くと、松原が頬杖をついて窓の外を眺めていた。
ゆっくりとA太の方へ振り向く松原。
「改めてありがとうな。
少年がいなければ、俺たちはなんだかんだで死んでたかもしれない」
「あの、僕はまだ正確には理解していないけれど、みんなの様子がどこかおかしい。
いや、どうかしてる。
少し決行の時間を延ばした方が良いと思います」
にやりと松原が大きな顔を歪ませる。
銀歯がちらりと光った。
「おっさんには、どうもしていないように見えてるんだよな。
ただ、俺らは改めて自分を再確認した。
あの少女が使った良くわからん魔法でな。
そしてこの世界の姿もハッキリした。
俺のやるべきことも。
やっぱ間違っちゃいなかったんだよ」
「僕には間違いだらけに見える」
「少年、俺も最近になってわかったことだがな、人間に間違いなんてねぇんだよ。
俺達が今殺そうとしてる奴らだって、間違ったことをしてるわけじゃない。
ただ、やってることが気にくわない。
お前もそうだろ?」
「僕は、ただ生きるために殺すだけです」
「つまり、お前は死にたくないから殺す。
奴らに殺されたくないから、奴らを殺すんだ」
松原が湯呑みから茶をすする。
「それには、正解も間違いも無い。
やっぱそうだったんだよ。
誰も気なんて狂っちゃいないし、正気なんてものも最初から無かった。
ただ、あいつらは少し素直になっただけなんだ。
お前には、そういうの無いのか?」
「僕は、人間じゃないから」
「じゃあ人間なんてものもねぇさ。
何もねぇんだよ、ここには。
ただ、数式が勝手に動いて新しく別の数式を作り続けてるだけだ。
そんなことより大事なのは、お前がどうしたいか。
それだけだろ。
世界の仕組みだって、それと比べちゃあどうってこと無いもんだろ」
A太は考えた。
自分は何をしたいのか。
何をしたいが為にここにいるのか。
A太は気がついた。
自分が人間に憧れていたことに。
「そういえば、研究所で見ましたよ。
人間になりたがる妖怪のアニメ。
凄いなって思いました。
だって、僕には人間がどういうものなのかすら良くわからない。
なりたくったって、僕には……」
「じゃあ、丁度いいんじゃないか?
今の俺達は、多分この世界で一番人間臭い」
松原は全員を呼び出した。
「今更だけどよ。
こんなおっさんが本当にまとめ役で良いのかよ」
「我々が一番この問題に長く取り掛かってきました。
問題無いでしょう」
誰も言葉を発さない。
「よし、わかった。
俺達にはそれぞれ理想がある。
それがようやくハッキリした。
そしたらそれを実現するための手段がたまたま全員同じだった。
それだけだ。
だが、これ程面白いこともそうそう無い。
御託はここまでだ。
そんじゃ、とりあえず神様殺しに行こうぜ」
「よし、全部持ったか?」
「僕、こういうの趣味じゃないんだけど」
「………」
「私には何も無いんですか?
魔王様?」
「貴様は我輩の為に生き残ることが仕事だ」
「釜谷さん?
そういうのはファンの見ていないところでやっていただけると、無駄な殺生が減るのですが」
ある者は夜の散歩に出掛けるかのように、またある者は会社に出勤するかのように、また違う者は夢遊病患者のように、与那城研究所へと歩き出した。
 




