盗み聞きしました。
「死にたくない」
生還したA太が始めに発した言葉である。
もう二度と死にたくない。
生まれて初めてA太はそう思った。
A太は口を便器の上に近づけた。
その後で吐くものが無いことに気がついて、A太は首を引っ込めた。
「自分が何者か、本当にわかってる?」
A太がトイレの外に出ると、楓の声がどこからか漏れ聞こえてきた。
「………わかっている」
「そう……私はわからなくなった。
ううん、その話は今はどうでもいいの。
私の感情は関係無い。
あなたは、この世界からバグを取り除く修正プログラム。
そうですね?」
「………そう」
「あ、ごめんなさい。
わたし、あまり人間と話したことがないから……今凄く酷いことを言ったかもしれない」
「………つづけて」
「えっと、あなたがさっき使ったguelnila。
アレがなんなのかわかります?」
「………私の敵。
そして私そのもの」
「え?
う、うん、そうですね。
guelnilaはあなた達……じゃないんだよね…この世界の住人である私達、自動プログラム記述ユニット、つまりここの人間が作り出したバグ。
だから、あなたはguelnilaを壊さなきゃいけない。
これは、合ってる?」
「………間違ってる。
khajatlughaは、guelnilaが私になることを認めた。
khajatlughaは………死んだ」
「良かった」
「………え?」
「あなたはもう私達の敵ではないってことね。
ふふ、良かった。
あ、でも、どうでも良かったのかな。
どうせ私は私じゃないんだから、あなたに殺されても。
……ううん、違う! 違うの!!
私の感情は関係無い。
私は魔王様の奴隷。
もう、それだけで良い。
そっか、ありがとう麗華ちゃん!
私、あなたのおかげで気がついた。
私は魔王様の奴隷だったんだ。
それしかないんだ!
それって、とても、素敵。
魔王軍万歳!
ありがとう麗華ちゃん!
ありがとうkhajatlugha!
死んでくれてありがとう!!」
乱暴な勢いで、楓がボイラー室の扉を開けて外へ飛び出す。
A太は部屋の中を覗き込む。
そこには、ついさっきまでA太が嫌というほど見た、生気を失ったあの目つきをした麗華がたたずんでいた。
「………死んでしまったの。
私の全てだったあの世界が、全て死んでしまった。
貴方は、残り香」
ふらりと麗華の体が揺れて、A太にもたれかかる。
執念の塊のような、熱く、荒い吐息がA太の耳朶を舐め回す。
A太はそれを振り払った。




