終わりました。
コンコンコン。
事務室の中に、乾いたノックの音が響いた。
「お邪魔しま……」
ジャックが言い終える前に麗華の銃撃が入り、それに合わせてA太が扉の外へと突っ込む。
ボキリ。
嫌な音をさせて、A太は自分の腕を折る勢いで殴りかかる。
ジャックにA太の拳の骨が深々と刺さった。
「あれ?
随分柔らかくなったね。
それに、人を連れてるイメージじゃ無かったけど。
まともな知り合いなんていたんだ」
「ベラベラと喋るとすぐに死んでしまいますよ。
この前私も身をもって知りました」
ジャックとA太が対峙する。
ジャックの後ろで驚きを隠せない様子の恭蔵と楓。
胸に突き刺さったA太の骨がズズズと動き、A太の腕の中へと戻る。
ポッカリと開いた穴を、ジャックは自ら他の部位の肉で埋めた。
「貴方は私を殺す。
ならば私も正当防衛をしなければならない。
成る程、非常にシンプルで合理的な殺しだ」
ジャックが触手を鋼鉄に変え、A太を細胞単位で叩き切ろうとするが、寸前でA太はひらりと横に身を躱す。
あまりの瞬発的な動作にA太のアキレス腱が切れる。
ジャックはその隙を見逃さず、足首を切断する。
足首から先が吹き飛び、麗華の足元に転がった。
「やってしまったかな」
A太の足の切断面がみるみるうちに黒ずんでいく。
「ぐぶッ!」
そこを無理矢理引きちぎり、A太は黒ずみの進行を止めた。
「………瑛太。
足、戻らない。
何で?」
「さっきおじさんが言っていたじゃないか。
今のあいつは触れただけで僕を細胞単位で壊す事が出来る。
そして僕は母さんの日記によると、DNAをなんちゃらする事によって、今迄のように生き返る事が出来なくなるらしい。
それをやられただけだ」
「………やられただけって、それ、その足、どうなるの?」
「戻らないよ。
ずっとこのままだ。
僕は今片足を失った」
油断も隙も無く、ジャックがA太の首を跳ね飛ばそうとする。
それを転ぶようにしてA太は回避するが、もうそこでA太の策は尽きた。
「そしてこれから命も失うようだね」
目を瞑るA太。
麗華が涙を流しながらもサブマシンガンのトリガーを引く。
それら全ての弾丸を吸収し、ジャックは肥大した。
崩れ落ちる麗華。
拳を握り震える松原。
何が起きているのかわからないという表情をした二人。
それらの姿に、ジャックは落胆を覚えていた。
以前のジャックならば間違いなく狂喜乱舞し肉を撒き散らすべき状況だ。
しかし、それを見ても肌で感じ取っても、今のジャックはそれに興奮しないどころか悲しみすら覚える。
誰も声一つ出さない中、ジャックは試しに自分を自分の腕で切ってみた。
ただただ痛いだけだった。
それ以上の物を求めて、ジャックはひたすら自分を突き刺す。
「や、やめて下さい」
最初に声を出せたのは楓だった。
ジャックが声の主に向かってゆっくりと振り向く。
「私には何もわかりません。
二人がどういう関係なのかも知りません。
ジャックさんが何で自分を痛めつけるのかも、全然わからない。
ゾンビが人間を食べる生き物だということはよく知ってます。
でも、こんなのっておかしいです。
だって、ジャックさん食べるつもりは無いんでしょう?」
「そう、ですね」
「だったら、悲しいだけじゃないですか。
痛いだけじゃないですか。
怖いだけじゃないですか!」
ギロリとジャックの瞳らしき器官が楓を睨む。
楓の体が倒れそうになるのを、恭蔵が支えた。
楓は尚も口を開く。
「凄く、凄くジャックさんが悲しそうに見えたんです。
殺すのが楽しくなくなった。
そう言ってましたよね。
だったら殺しなんかしなくていいじゃない!」
ジャックがたじろぐ。
その隙をA太は見逃さなかった。
ジャックの足に噛みつこうとして、A太は必死に這う。
しかしその歯が触れたものは、楓の足首だった。
A太は慌てて顎の力を緩める。
楓の足の皮膚が切れた。
「させない!
私のファンは私が守ります!」
「おい、芳乃!?」
「大丈夫。
痛いのは……慣れてるから」
楓から血が流れたことにより、本格的に怒り狂うジャック。
「…くもよくもよくもよくもよくもッ!!!」
楓が麗華のサブマシンガンを掴む。
「それ貸して!」
そのままそれの銃口を、楓は自分の頭に突きつけた。
「これ以上戦うなら私が死にます!
魔王様には悪いけれど、これ以上私は私のファンが傷つくのを見たくありません!!」
しんと静まり返る。
誰かがゆっくりと息を吐いた。
それを聞いて楓が銃口を下ろす。
「やはり、強いな貴様は」
かくして唐突な騒動は一旦終わりを迎える。




