全生物最後の希望だったみたいです。
場所を貸して頂けそうな所、則ちマツモトミヨシ素穂市支店の事務室で、店長の松原は頭を抱えていた。
「何故お前がここで来るんだ……」
店長の尋常ではない様子に、麗華とA太を事務室まで案内したアルバイト店員が震え上がる。
「アレ? 面識有りましたっけ、僕ら」
ゾンビ最大の天敵である自覚が無いA太。
「……いえ、何でもありません。
本日はどういったご用件でしょうか?」
唐突に事務的な喋り方をする松原。
少年がゾンビ事業を壊滅させに来たのでは無い事を心の底から願う。
今は事業どころでは無い事を自覚しながらも、それに気がつかないフリをしてやり過ごす。
「まいっか。
取り敢えずコレの最後のページを読んで下さい」
松原は、A太が取り出したノートを渋々開く。
そして、最後のページだけを読むとすぐに閉じた。
A太が聞く。
「ここに書かれているのは、全て本当の事ですか?」
松原は、松浦を呼びつける。
「おい、これ読んでみろ」
読み終えると、やれやれといった調子で、松浦は首を横に振った。
「いいんじゃ無いですか?
そろそろ潮時です。
それに、今は事業の事を気にするべき状況でも無いと思いますが」
深く深く溜息を吐くと、松原は二人の方を向き直った。
どんな事実が飛び出すのかと、麗華が期待に頬を赤らめる。
「ああ、ウチの事に関しては全て本当だ。
確かにウチは与那城研究所の研究員と思われる人物から、謎の技術提供を受けて、ここ数日の間飛躍的にゾンビの生産数を増加させている。
そしてゾンビ事業が与那城研究所の思惑を潰す為だけの事業だというのも事実だ。
そりゃそうだ、赤字でしか無いからな」
「随分儲かってるんですね」
「……お前、よくどっかズレてるって言われるだろ」
「店長、今はそんな小競り合いをしている場合では」
「悪い、俺もズレてたな。
話を戻すと、我々マツモトミヨシの社員一同は、与那城研究所をぶっ潰す為に日夜ゾンビの生産と研究に時間を費やしているわけだ」
遠慮がちに麗華の手が上がる。
「………あの」
「悪いが有無は言わさんし、質問も受け付けない。
何故それが与那城を潰す事になるのか説明する時間も、間接的に大量殺人を犯している事への謝罪もする時間は無い。
何故ならこのままじゃ俺たち生物は奴を残して一つ残らず全滅だからな」
「奴?」
「ある日我々マツモトミヨシが誇る最強の戦力であるゾンビ共が、一人のガキに壊滅させられた。
少年、お前の事だ。
お前は不思議な体をしてやがる。
千切られても喰われても直ぐに元通りだ」
「照れますね」
「……つーわけで、どうやったらお前を殺せんのかいろいろ試行錯誤した。
ウチのゾンビの中でも最強のジャックを他所の部署から借りてみたものの、1度目は失敗した。
で、今は2度目なわけだ」
「………」
麗華の足が微かに震える。
「そうだ。
我々は研究に研究を重ねて2体目のジャックを作り出した。
だがしかし、こいつはとんでもねぇバグり方をしてやがった。
お前を殺す為に生き物の細胞を触れただけで分解できる機能を付け加えたんだが、それが不味かったのか狂ったように人殺しをするようになっちまった。
時期にあいつは、この世のありとあらゆる細胞全てを粉々にし尽くすだろう。
警察も軍もあの化け物は止められねぇ。
少し前に連絡があったから、そろそろ此処にも来る筈だ。
……だが、まだ希望はある」
松原はA太の前で両手と頭を床につけて
土下座をした。
「とんでも無い事を頼んでるってのはわかってる。
マトモじゃねぇよ!
殺そうとして相手に頼む事じゃねぇ!!
だけど、お前しか居ないんだ。
1度あいつに勝てたお前しか、もうあいつを止められるかもしれない奴はいないんだ。
謝罪なら幾らでもする。
焼き土下座でも何でもいい!
俺が持ってるもん全部お前にやる!!
だから、頼む。
頼むから、俺の、俺達生き物の命を救ってくれ……!!」
ガツンっ。
松原は床に頭を強く打ち付けた。
血がドクドクと流れる。
「私からもお願いします。
どうか、どうか我々を救って頂けないでしょうか!!」
「……松浦、お前」
松原の横で、松浦も同じく拳と頭を床に叩きつける。
「………瑛太、許しちゃだめ」
麗華は松原の後頭部にサブマシンガンの銃口を突きつける。
「………この人達、瑛太を殺そうとしてきた。
絶対に許しちゃいけないし、私は許せない」
「麗華ちゃん。
僕には許すとか許さないとか、よくわからないんだ。
だって人間じゃ無いからね!」
かはっ、とA太が奇妙な笑い声をあげる。
「だからそういうのは、君らに任せるよ。
……まあ、あの、なに?
別に誰かに頼まれた訳じゃないけどさ、僕には僕のしたい事があるんだ。
例えば、今扉の前にいるゾンビを殺すとか」
コンコンコン。
事務室の中に、乾いたノックの音が響いた。
 




