騙されました。
『お掛けになった電話番号は現在使われておりません。
もう一度お確かめの上…』
プツッ。
「シット!
一体どうなっていやがるんだ!
…ちょっとミス瑞希の研究室までひとっ走りしてくるぜ。
麗花、瑛太君の案内を頼む!」
「………行ってらっしゃい」
「嵐みたいな人だね。
もう見えなくなっちゃった」
バースはA太の養育費を取り立てる為に走る。
しかし、それは結果的に徒労に終わるのだった。
何故なら与那城瑞希のデスクには、『ちょっと海外でビックなドリームをキャプチャーしてきます。
探さないで下さい』という置き手紙と共に、電源の入っていない携帯電話が放り投げられていたからだ。
「………入って」
「それじゃ、お邪魔します」
「………これからはただいまで良い」
麗花に差し出されたスリッパを履くA太。
そこへ一人の少女が目を輝かせてやって来た。
「レイカお姉ちゃん。
この人だれ?」
ぱっと見でまだ年齢が一桁だとわかる少女が、A太を指差す。
勿論彼女もメイド服を着用している。
隅々まで行き届いているな、と、A太は妙な理由で感心しながら、背を屈めて作り笑顔を浮かべた。
「こんちわ。
僕は与那城瑛太。
君のなま…」
麗花がA太の言葉を手で遮る。
「………騙されないで。
この人はウチの母親です」
「ちっ!
久し振りに活きの良さそうな子が来たってのに、興を削ぐんじゃないよ麗花。
ころっと誘惑して楽しもうと思っていたところを…」
「………母様、また父様に泣かれますよ」
見た目と年齢が釣り合わない者同士、A太はアレクサンドリア家の母に奇妙な親近感を覚えた。
「おっと、これは失礼しました。
まさかお母様だったとは」
「おや、与那城なんて苗字のくせに、随分しっかりした子じゃないか」
「………母様、全世界の与那城さんに失礼です。
………気持ちはわかりますが。
………というか、お母様も結婚する前は与那城では」
与那城といえばあの人。
あの人といえば与那城である!
「あたしはアレクサンドリア芽衣。
この子の言うとおり、アレクサンドリア家の母であり、バースの夫だよ」
「改めまして、これからお世話になります」
A太が腰から体を折って、瑞希に教え込まれたお辞儀をした丁度その時。
どんがらがっしゃんと慌ただしい様子で、バースが玄関の中に体を突っ込んだ。
「うるさいよ、バース!
扉は静かに開けろってこの前言っただろう!」
「おっと、ソーリー。
って、それどころじゃないんだ!
大変だ、ミス瑞希が海外に逃げた!」
バースの趣味でこんな豪邸を建て、その上制服なんて物まで作るものだから、このアレクサンドリア孤児院は大体いつもギリギリの経営状態なのである!
麗花のゾンビハンティングの収入があるとはいえ、A太をタダで養う余裕は無い。
結構深刻な問題である!
「金出せないんなら帰りな。
ウチは赤ちゃんポストじゃないんだ」
「し、しかし、待ってくれ芽衣。
なにか方法が…」
「………方法ならある」
「麗花?」
「………私と同じように、瑛太もゾンビハンティングをすればいい。
そうすればすぐに一人分くらいならお金が溜まる」
「…成る程。
だが、お前は兎も角、瑛太君がアレをやるのは少しばかり危険じゃあないか?」
「父様も見たでしょう?
瑛太は死なない。
何故だかはわからないけど。
だから危険も無い」
「だ、だが」
「ああもう、ゴチャゴチャうるさいよ。
やるかやらないかは、こいつ自身が決める事だ。
さあ、どうすんだい?」
渦中の瑛太は、長く激しいここまでの道のりを思い返していた。
歩き、戦い、食べられ、爆ぜて、生き返り、また歩く。
その行程の間に、一体どれだけの数のゾンビを倒してきたのだろうか?
瑛太はガックリと膝を着いた。
「………あれって、お金になったのか」
「「「えっ?」」」