死ぬかもしれないのである。
恭蔵の喉元にはいつの間にか突き立てられた鋭利な触手。
楓の表情が青ざめる。
返答によってはそのまま恭蔵は殺されかねない状況だった。
しかし、恭蔵は堂々と応える。
「我輩は、魔王である」
息を呑む楓。
何も喋らない腐肉。
恭蔵は言葉を続ける。
「我輩は、貴様らが柑橋めぷると呼ぶ者、芳乃楓にとっての、唯一人の魔王である!
……彼女以外の有象無象にとっては、魔王を自称する唯の奇人だ」
恭蔵は腐肉を睨む。
いや、正確には自分が死の淵に立っているという状況を睨んだ。
「お前が俺を今殺そうとしている理由は何となくわかる」
「わかるわけが無い。
突然殺しを楽しめなくなり、殺しては殺しては何故その様な体になってしまったのかを考え続けるシリアルキラーなど、そうそうこの世には居ますまい。
それ以前の問題として、私はゾンビで貴方は人間でしょう」
「いや、更にそれ以前の問題だ。
お前は柑橋めぷるを愛している。
また俺も、彼女を愛している。
どうだ? 俺もお前も対して変わらないだろう?
何の前触れも無くアイドルを辞めた柑橋めぷる。
そのめぷるの本名を知り、手を引く事が出来る程度に親しげな仲の男。
男、つまり俺が柑橋めぷる引退の原因だと考えても無理は無い。
だがしかし、お前は彼女を罵ったあの男のように、俺を直ぐに殺すことはしなかった。
俺が死ぬ事で、彼女が心に傷を作る可能性があるからだ。
……ではここでハッキリとさせよう」
恭蔵は唾を飲み込み、ゆっくりと楓の方を振り向く。
「柑橋めぷる、いや、芳乃楓にとって、釜谷恭蔵は必要な存在か?」
ジャックはめぷるの口から少しでも否定的なニュアンスの言葉が出れば、直ぐにでも恭蔵を殺せるように触手を構え直した。
「わ、私は……。
………死んで欲しくないです。
絶対に死んで欲しく無いです。
何があっても、絶対に側に居て欲しい。
………我儘、ですか?」
安堵の溜息を吐く恭蔵。
「ふ、ふはははは。
そんなわけが無かろう。
我輩と共に、魔に堕つるこのうつつの夢を永遠に見届けようぞ!!」
「……そういうことは流石に真面目に言って欲しい」
「う、すまん」
ジャックが触手を下ろす。
その表情は、どこか寂しげでもあり、安堵したようでもあった。
「納得して貰えたか?」
「いえ、全く。
訳がわかりませんとも。
めぷるさんのファンとして、貴方の事を詳しく聞かせて頂いても?」
「良いだろう。
出来れば俺も、柑橋めぷるとしての彼女をもう少し知りたいんだが」
「魔王様、そちらは企業秘密で…」
「少し長くなってしまいそうですね。
場所を移すとしますか。
知り合い、というか取り引き先の方に、場所を貸して頂けそうな所が御座いまして」




