我輩はやはり魔王である。
A太達が帰る場所を失っているころ、魔界の王を自称する元フリーターの釜谷恭蔵と、現ニートの芳乃楓もまた、行き場を失い街を彷徨っていた。
「おい芳乃。
そろそろ時間がきれる、早く起きろ」
とある漫画喫茶の一室に宿泊した二人。
恭蔵はゲッソリと窶れた顔で、更に顔色の悪い楓の肩を揺する。
ふらりと亡霊の様に楓は起き上がると、恭蔵の腕の中に雪崩かかった。
「重いのだが」
明確な悪意を持って恭蔵の腕を抓る楓。
「……っつ。
ははっ、やはり貴様は強い女だ」
恭蔵は楓を壁にもたれかかせて座らせると、楓のハンドバッグから櫛を取り出した。
「これでは何方が従者であるのか、分かった物では無いな」
慎重に楓の髪を梳かしていく恭蔵。
無重力状態だった量の多い髪は、幾分かはマトモに見られるものになった。
「……いつまで」
「ん?」
恭蔵は二日振りに楓の声を聞いた。
「申せ。
今日の我輩は寛大である。
少々の悪口ならば、甘んじて受け入れてやらんこともない」
「……いつまで魔王様ごっこしてるの?」
恭蔵はここ数日楓に例の薬を飲まされていない。
魔王ではなく、唯の釜谷恭蔵になろうと思えば、いつでも可能だった。
「何を言う。
我輩は将来この世の全てを統べる者、魔王なるぞ」
「でもそれは薬で……」
「ああそうだ。
これは何をどうしたのかは良く分からないが、君にそう思い込まされた設定だ」
「なら、どうして?」
「どうして君が俺にそんな事をしたのかはわからない。
だが、魔王として生きる日々は、案外悪くも無かった。
その過程で俺は人殺しになったりもしたけど、それも全部、なんだかんだで楽しかったんだ。
口煩い従者が一緒に居てくれたお陰かも知れない」
恭蔵は深く溜息をついた。
「何か、やりたい事があったんだろ?
俺に世界征服をさせたかったんだろ?
いいさ、やってやるよ。
人殺しでも、麻薬の密売でも、屍体攫いでも何だってしてやる。
だって、最高だろ?
魔王になって世界を征服するなんて、全世界の男の夢だ!
そのついでで、君の夢も叶う。
何一つ悪い事なんか無いじゃないか」
「………………」
「俺は君と一緒に世界を征服したい。
だから……芳乃よ。
我輩に、こんな頼りない我輩ではあるが、ついてきてくれるか?」
芳乃は首を横に振った。
「頼りなくなんか…ないです。
魔王様は、私の魔王様は、私の、私の、わた、し、の」
「お、おい、何も泣くことは無いだろう」
「ただ、一人の、魔王様ですっ!!」
子供の様に泣きじゃくる楓の頭を撫でる恭蔵。
その部屋の扉の奥では、アルバイトの店員が、領収書を握り締めて涙を流していた。




