逃げました。
生き返ったA太と共に、麗華は夜道を歩く。
「………怒ってる?」
何時も通りの飄々としたものではなく、物騒な目付きをしているA太。
「そう、かも知れない。
いや、違うな、それじゃ理由が余りにも理不尽だ。
…でも、だとしたらこれは何だ?
兎に角、今迄に感じたことの無い感覚だ」
「………ごめんなさい。
殺した事、謝る」
「いや、それはどうでも良いんだ。
殺してくれて助かった。
そうじゃなくて、殺してくれなきゃどうにもならない状況に陥った事が、こう、なんというか」
「………悔しい?」
「それ、なのかな。
こんなの始めてだよ。
人間って、こういうものの塊なのかな?」
くくっと小さく笑う麗華。
「真剣な話を笑い飛ばすだなんて酷いな。
僕には本気で人間っていうものがよくわからないんだ」
「………ふふ、ごめん。
でも、何だか嬉しくて」
「僕が悔しい?のが嬉しいのかい?
それまた酷いな」
「………あなたの事、凄く人間らしいって思ったの。
私なんかよりずっと。
変だね。
それがとても嬉しかった」
自分以外は誰も知らない、彼の中の人間性を麗華は知っている。
それは単に優越感と呼べるものでは無く、とても複雑怪奇な感情だった。
時々現れるゾンビを殺しながら、二人は歩く。
それがどこに向かっているものなのかは二人にもわからなかったが、兎に角二人は与那城研究所から離れようとした。
「………こっちは人がいるみたい。
戻ろう」
「ああ、うん。
でも、何で人がいると駄目なんだ?」
「………私達みたいな子供が、夜に外を歩いているのは、本当は良くない事だから」
「そういうものなの?」
「………それに、ゾンビが出るような時間に外にいる人間なんて、普通じゃない」
ふと、A太は気がつく。
「ねえ、人に見られるとマズイんなら、この前のアレ使うのはどうなの?
ほら、なんか呪文唱えるやつ」
「………忘れてた」
ゴミ箱の横、民家の壁に向かって、麗華が何かを呟く。
「………カジャ?」
「かじゃ?」
落胆したように肩を落として、麗華がA太の元に戻る。
「………今は駄目みたい」
「そっか。
じゃあ何とか人目を避けるしか無いね。
別に見られたら殺せばいいような気もするけど」
「………人は…殺さないで欲しい」
「ああ、えっと、冗談だよ。
多分。
ところで、これから僕らはどうすれば良いんだろう?」
そんな事を話しながら歩いていると、二人はいつの間にかアレクサンドロス邸の門の前に立っていた。
「………帰省本能」
「だね」
A太が何かの気配を感じ取る。
「待った。
何かが追ってきてる」
「………その何かって、あなたを撃った人達以外の何かがあるの?」
A太は咄嗟に門の内側に隠れた。
その隣を銃弾が走る。
麗華は銃弾が撃たれた方向を音から察知して、正確に射撃を加える。
野太い唸り声をあげて、顔がグチャグチャになった男が倒れた。
「まだいるみたいだ。
走るよ!」
「………うん」
近くの民家の裏側に向かって走るA太。
それを予期していたかのように、麻酔銃を構えた男が民家の窓から飛び出す。
「そんな気もしてた!」
男が銃を撃つ前にA太は跳びはね、男のヘルメットを踏みつけると、そのまま民家の屋根まで飛び移った。
屋根の上を走って逃げるA太と、それを地上から追いかける麗華。
更にそれを追いかける男の群れ。
真夜中の逃走劇はいつまでも続くかのように思われたが、唐突に男達はトランシーバを手に取ると、全員が一斉に同じタイミングで後ろを振り向いて来た道を戻り始めた。
「何だったんだろう?」
「………さあ?」
朝になり、二人はアレクサンドロス邸へと戻る。
「完全に囲まれちゃってるね」
「………この中に入るのは流石に無理そう」
アレクサンドロス邸は昨夜の男達に包囲されていた。
隙間なく完璧に埋められた人間の壁に、A太は寒気を覚えた。
「何でこんな事に?」
「………貴方がわからないなら、誰にもわからないと思う。
ところで、家、帰れない。
どうしよう?」
瑞季の日記を家の中に置いてきてしまった事を後悔するA太。
A太は日記の中のとある一文を思い出す。
「アテならあるさ。
ちょっと、そっちも危ない気がするけど」




