色々やばいそうです。
もう一人、夜の中で蠢くものがいた。
アレクサンドリア麗華は、ベッドの中で蠢く。
寝返りをうっては布団を少しだけはだけさせ、また被り直しては目を見開いて深呼吸する。
そんなことをもう二時間近く繰り返していた。
「………瑞希姉さん、やっぱり本当に死んでしまったの?」
目蓋を閉じて、与那城瑞希と過ごした幾許かの時間を思い起こす麗華。
「………碌な時間じゃなかった…」
それでも麗華は何故か瑞穂のことが嫌いになれず、強いて言ってしまえば、麗華の瑞希に対する思いは好きの分類に入らなくも無かった。
「………カジャ?」
その呼びかけは、奇妙な一人芝居の始まりの合図である。
「はいはい、あなたの奴隷、khajatlughaでございます。
今晩は随分遅い呼び出しですね」
麗華は体の動きを止め、大きく息を飲み込んで、
「………やっぱりやめる」
ただ、吐いた。
「は?」
「………知ってしまったら、その時点でそれが本当になってしまう。
そういうものなの。
だからやめる」
「何を?」
「………なんでもない」
khajatlughaを使えば、瑞穂の死の真相を知ることが出来る。
しかし今の麗華では、その結果を受け止めて消化することが出来ない。
麗華自身、そう自覚していた。
本来言いつけるはずだったことの代わりに、麗華は一つ質問をする。
「………カジャって、何なの?」
「あなたの奴隷ですよ。
そして、あなた自身でもあります」
「………私は世界をあんな風にしたり、あの人をストーカーしたり出来ない」
「ストーカーって、あなたがやらせたんでしょうが!」
麗華はkhajatlughaの言葉を無視して、更に質問を続ける。
「………カジャはその二つ以外には何が出来るの?」
「何でも出来ますよ。
方法さえ分かればね」
「………またあの変な英数字?」
「時が来れば分かるようになりますよ。
私には何一つさっぱり分かりませんが」
麗華は物心がついた時からkhajatlughaの存在を知覚していた。
その時の麗華自身は、それのことを単なる空想の友達としか思っていなかったが、ある日例の英数字の羅列が突然頭に浮かんだ時に、麗華は直感的に察した。
自分の中には自分では無い何かが居る。
その妄想染みた仮定を認めた日から、khajatlughaは次第に人間味らしきものを帯び始めた。
麗華は恐怖するのではなく、それを喜んだ。
何故なら、彼女は友達が欲しかったからだ。
そして彼女はkhajatlughaに言われるままに、例の言葉を唱えた。
儀式めいた行為の先には、悪夢が待ち受けていた。
異常な世界。
異常な生き物。
guelnila。
その全てが麗華の心の中を侵食した。
それは恋だった。
麗華はその何もかもが異常な世界に恋をしてしまったのだ。
麗華はその世界に入り浸った。
何度も生命の危機に脅かされ、何度も精神を崩壊させかけたが、それでも麗華はその世界を愛することを止めることが出来なかった。
余談ではあるが、現在麗華がこの町有数のゾンビハンターとして名を馳せる程の強さなのは、その時の経験の積み重ねによるところが大きい。
そして麗華はA太と出会った。
何度撃たれても肉体を継ぎ接ぎし、完全に元通りの姿になり生き返るA太は、麗華にはまるであの世界からの来訪者のように思えた。
「で、結局呼び出しただけで終わりですか?
そろそろ眠たいんですけど……」
自分の口から発せられる他人の言葉で我に返る麗華。
「また覗き見でもします?
夜に眠ることの出来ない彼は、こんな時間には何をしているんでしょうねぇ?
ナニをしてるのかもしれませんねぇ!
やべ、気になってきた、覗いてこよっと」
「………あ、ちょっと」
自分の中からkhajatlughaが居なくなるのを感じとる麗華。
……しかし、ものの数分もしないうちに、懐かしい気配が麗華の中に再び入り込んだ。
「あのぉ、ご主人?
なんか彼、色々やばそうなんですけど」
「………え?」
「何人かの大人に囲まれて腕を掴まれてますね。
どこだろここ?
ん? なんかビルみたいですけど……へえ、与那城研究所っていう文字が見えましたよ?」
麗華は飛び起きて走りだした。




