手に入れました。
「お、兄貴じゃん。
おかえり……ってどしたの?
すげぇ顔色悪いけど、犬にでも追いかけられたん?」
「……なんでも無い」
「で、出た、兄貴のなんでも無い!
なんでもある時のなんでも無いだ!」
「何も無いよ、躯呑」
「あっそ。
ほんとに何もないのね」
靴を脱ぐ荘司郎。
それを躯呑が下駄箱に入れる。
「助かる」
「……本当にどしたの?
いつもはシカトじゃん」
すたすたと歩いて行ってしまう荘司郎。
「って結局シカトか。
兄貴らしいや」
やたら長い廊下を抜けて、辿り着いた先のリビングルームでは、バースが子供達に英語を教えていた。
「theをどこで使えばよいのか。
いまいちわかりませんわ」
「オウケイガール!
そこはフィーリングだ。
イングリッシュをマスターするには、まずは野生のカンってやつを鍛えろ!」
「………」
「なあ、そもそも日本人の俺らにネイティブが教えるってのが間違いじゃねえの?」
「バースせんせ、先生むいてなぁーい」
「ぐ、ぐぬぬ」
いつも通り、変わり映えのしない日常風景が、荘司郎にはどこか夢の中の遠い国のように思えた。
講義に混じっているA太を見つけ出すと、荘司郎はそっと後ろから肩を叩く。
「任務完了だ。
あと、お前の忘れ物はこれか?」
ノートを受け取ると、A太が気味の悪い笑顔を浮かべる。
それは大層気持ちの悪いものだったが、同時に安心感を与える奇妙な表情だった。
講義が終わり、食事が終わり、風呂に入ると子供達は、A太の自室にこっそりと集まった。
A太、良治、紗希、木葉、荘司郎。
そこに鈴音を加えて六人が一つの部屋に入る。
しかし流石はアレクサンドロス邸。
微塵も狭さを感じさせない部屋の中で、良治が手を挙げて会議の始まりを知らせる。
「まずは鈴音帝より労いのお言葉を」
「そうじろ、ばんじゃーい」
「「「「ばんじゃーい!」」」」
「それでは荘司郎工作員、報告を……」
荘司郎は少し悩んだ末に、自分が見たものを全部伝えることにした。
その報告で何がどうなろうと自分の知ったことでは無い。
そう思ってしまうほどに、荘司郎の精神は磨耗していた。
「……そしたら何故かエレベーターが上に行って」
A太と荘司郎以外の一同がざわめき立つ。
キラキラとした目で木葉が荘司朗を見つめ、紗希が震えあがりながらA太の手を握る。
「変な爺さんがあらわれて」
新たな登場人物に場が沸き立つ。
「……それでその爺さんがカーテンを開けると、その奥で与那城の叔母さんが死んでた」
水を打ったような静けさ。
その静寂が耳に入ることで、ようやく荘司郎は自分の発言の異常性に気が付く。
普通の人間にとって、身内の死は只事ではないのだ。
「……死んだように寝ていた」
「ちょっと、荘司朗!」
「なあんだ、寝てただけかー」
「木葉まで!
仮にも与那城の叔母様は、A太様のお母様ですのよ!?」
冷や汗を流す荘司郎。
「ちょっと待て」
良治が手を挙げて会話を遮る。
「その爺さんは、研究所の発明品がこれだっつってカーテンを開けたんだよな。
なんでそれで居眠りしてる与那城オバサンが出てくんだよ。
大体与那城オバサンは研究員辞めて海外に高飛びしたんじゃ……」
「ふぅわーあ」
A太が大げさな欠伸で良治の言葉に割り込む。
「なんだか安心したら眠くなってきちゃったよ」
「あ、うん、私もだー。
なんか一気にネムケがきたよ」
「そういえばもうこんな時間ですわね。
鈴音もいることですし、今日はお開きにしてまた後日。
それでよろしいかしら?」
またとないチャンスに飛びつく荘司郎。
「私も賛成だ。
今日は疲れた」
良治もどこかすっきりしない顔ではあったが、結局は千鳥足の鈴音を抱えてA太の部屋を出ることになった。
部屋の中には最後に、荘司郎とA太が取り残された。
「ねえ、荘司郎君」
「なんだ?」
「葬式をするのに一番必要なものって何だと思う?」
「……さあな。
突然どうした?」
「死体だよ。
詳しくは知らないけど。
きっと死体が無くちゃ、葬式は出来ない」
真っ直ぐに荘司郎を見つめるA太。
荘司郎にとっては、それは何故かとても綺麗なものに見えて、
「悪いがそっちの気は無いのだが」
つい冗談に逃げてしまう。
「そんな格好なのに?」
「少女の男だからこそだ」
去っていく荘司郎に「あれ持ってきてくれてありがとね」と声を掛けると、A太は早速ノートを開いた。




