全人類待望らしいのだが。
初老の男に連れられて廊下を歩く荘司朗。
こつこつと、二つの足音が淡白に響く。
沈黙に耐えかねて荘司朗は口を開いた。
「あなた以外には、ここには誰も居ないように思えるが、一体……」
「解雇しました」
まるで天気の話でもするかのような調子の声で、老人はシンプルに回答する。
その短い言葉から、荘司朗は老人について考える。
まずは、この老人が研究所で実質最高の権限を持っていること。
次に淡々とした声の調子から、施設の規模から考えて、恐らくかなりの数のクビを切ったにも関わらず、この老人はそれを大して気に留めていないこと。
結果として荘司朗は、この一見温厚そうな名すら知らない老人に心の底から恐怖を抱く。
その恐怖が更に荘司朗の行動を縛った。
「こちらに御掛けになって下さい」
カーテンの前に置かれたパイプ椅子に座らせられる荘司朗。
老人がカーテンの端を持つ。
「あなたが、いえ、全人類が望む全てがここにあります。
さあ、当与那城研究所の真髄のお披露目です。
目を見開いてご覧下さい」
仰々しい仕草で、老人がカーテンを引く。
そのカーテンの向こう側では、まるで眠っているかのような与那城瑞希の死体が、チューブを介して機器に繋がれたまま横たわっていた。




