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自由落下である。
「火事…だと?」
「魔王様、避難を!」
「あ、ああ。
……炎か。
炎は嫌だな」
着の身着のままジャージのままで、恭蔵はドアから飛び出す。
「大分火の手が回っていますね」
「あまり喋るでない。
煙が体内に入るぞ」
身を乗り出して、恭蔵が安全に脱出できそうな場所を探す。
「く、この階層は既に堕ちたか。
芳乃!
あの生垣に飛び降りるぞ!」
「え?
でも…」
恭蔵達がいる階層は四階。
このアパートの最上階である。
地上の生垣までには約12メートルの開き。
命までは取られなくとも、骨の一、二本は致し方が無い高さだ。
楓は恐怖を覚える。
実はこの人、高所恐怖症であった。
「火の手がもうここまで!?
芳乃、迷っている時間など無いぞ!」
楓を強く抱きしめると、恭蔵は壁を乗り越えて跳ぶ。
そして二人は落ちる。
その時間は一秒にも満たないが、楓はその間に今までの、実験に侵された人生を最初からやり直した。




