やっぱり死にました。
かくしてA太は痛みすら感じる間も無く即死し続けるのであった。
A太にとっては見慣れた景色が眼前に広がる。
ただひたすら広がる濃い霧の中に、これまたひたすら長く細い石の通路。
そこは人間達があの世だとか黄泉の国と呼ぶものに限りなく近い場所だった。
「ああ、またここか。
ええと、五万二千三百二十八っと」
死ぬ度にA太は唯でさえ細い通路を石で削ってしるしをつけていく。
そうでもしないと、正気を保てそうになかった。
「また、歩かなきゃな」
生まれたての頃は、怯えながら慎重に歩いていた通路も、慣れというものは恐ろしく、今では鼻歌を歌いながら早足で歩くまでになった。
そこにコサックダンスが付け足されるのも時間の問題である! 多分!
麗華の誇るカジャシステムにライブ中継されていることも知らずに、A太はひたすらに前へと歩き続ける。
「…やっぱ長いな今回は。
あ、またループした」
麗華とカジャトルアは気が付いていないが、A太はもう既に何度も最初につけたしるしの上を通り過ぎている。
A太は死ぬ度にこのスタート地点まで戻されてしまう。
今もまた、A太は小刻みに死に続けている。
やがて単調な世界に異変が訪れる。
細い通路の上に、鎖で体中を与那城瑞希が横たわる。
A太はあまりのことに爆笑しながら瑞希のもとへ駆けつける。
「ええ、ちょっと!
どうしちゃったのさ!?
これじゃあまるで…まるで」
「死んだんだよ」
瑞穂の言葉で、ようやくA太は事の深刻さに気が付く。
「え? 今、なんて?」
A太の口の端が次第に下がり、その表情は沈鬱なものへと変わる。
「変な演技するなよ」
「あ、バレテタ」
変わったのは本当に表情だけであった!
「お前が私の死を悲しむとは思えないからな」
事実あまりA太は悲しみという感情を微塵も持たなかった。
それがA太自身に不利益をもたらすものでしか無いとA太は判断したからだ。
「おい、瑛太」
「やっぱり悲しまれたかった?」
「遠慮しておく、気味が悪いからな。
……私を思いやって演技してくれたのか?」
「いいや」
「だろうな。
ところでどうして私が死んだのか、気にならないか?」
「気にならない」
A太の言葉を無視して、瑞穂は饒舌に語り始める。
「実は私も私の死因はよくわかっていない。
最後に覚えいるのは飛行機の中だな」
「墜落でもしたんじゃない?」
「かもな。
だが、一つ飛行機に乗る前に気になることがあった。
素穂空港の中の客は私一人だったんだ。
異常だろう?」
「アンタ以外一人もいなかったってこと?」
「そうだ。
私以外は全員従業員。
もっと言うと、飛行機の中には従業員すらいなかった。
多分操縦者すらいなかっただろうな」
「よくそれで飛行機に乗ろうと思ったね」
「ああうん、なんかつい乗ってしまった」
「おかしなことといえば、世界に端っこを見つけたよ。
丁度素穂市と外の境目だと思う。
そこに飛び込んだら死んだ」
「端っこ?」
「真っ白だった。
そうとしか表現出来ない」
瑞穂を縛る鎖がミシリと音をたてる。
「なるほど…そうか。
お前の話と私の経験を併せて考えると……。
いや、突飛過ぎるか?
……もしかすると、この世界は…」
「はっきり言ってよ。
気になる」
「じゃあはっきり言うぞ。
この世界には素穂市しかない」
「はっきりしてるね、うん。
…でもそれ、おかしいよね」
「ああ、頭のおかしいことを言っていると自分でも思う。
わけがわからない。
そしてこのことをおかしいと思っているのは、恐らく私とお前の二人だけだ」
「そりゃ、大騒ぎになるだろうしね。
あ、でも、途中で牧島さんに会ったんだけど、あの人にはこの町から出るなって言われたよ」
「怪しいな。
…そうだ、お前は私の研究室から私の日記を探し出せ」
「また唐突な…」
「ただし、研究員にはお前の姿をみせるな」
「一体どうしろと…」
「やたら図体がでかくて目立ちやすい壁がいるだろ?
あいつを上手く使え」
「酷い言いようだ。
後は?」
「後か、そうだな。
定期的にここに来て私に会いに来ること。
一人は寂しいからな」
「それ死ねってことだよね?
仮にも自分の息子に死ねって言ったってことだよね!?」
ふうと、瑞穂はため息を一つ。
「お前は死んでも生き返れるだろうが。
私はこの通りだが」
じゃらじゃらと音を立てて瑞穂が身じろぎをする。
「わかったよ
じゃ、また死ぬから、取り敢えず今は向こうに帰してくれ」
「ああ、またな」
「また」
A太は瑞穂を軽々と飛び越えると、生へと向かって再び歩き出した。




