考えながら歩いていたら、その先は虚無でした。
A太は歩く。
歩きながら考える。
結局のところ自分というものは一体なんなのか。
考えに考え抜いた末、A太は一つの単純な結論に辿り着く。
別になんでもいいのだ。
自分は何者であっても良いし、またそれを知る必要も無い。
そんなことを考えながら歩くなら、周りの景色でも楽しんでいた方がましだった。
そんな結論に至った。
そこに辿り着いた時、A太は心因性の吐き気をおぼえた。
どう考えてもこの結論が全く合理的であって、自分のことを考えるなど無駄でしかないはずだ。
しかし、人間は自らのことを皆人間だと考えている。
そもそも人間という概念は後から人間が作り出したもののはずで、『人間』が人間の思う『人間』である確固たる根拠はない。
人間が人間のことを人間だと思うのは全くの無駄どころか、人間を人間という可能性の中に縛り付ける負の思考だ。
何故人間は人間のことを人間と定義し、人間である自分とその他全ての人間を人間という括りの中に縛り付けるのだろうか?
人間は人間で人間ではないかもしれない人間は人間では無いのだろうか?
A太には人間が良くわからなかった。
そしてそのことに嫌悪すら抱いていた。
そう、A太は人間になりたいのだ。
とかなんとかしているうちに、A太は香織に行かないようにと警告されていた町の境に辿り着いた。
顔を上げて、ようやくA太は異常に気が付く。
「白い」
町から外は、真っ白だった。
一面の銀世界という意味では無い。
およそそこに世界と呼べそうなものは無く、あるのは白紙よりも白い一面ののっぺりとした空間だった。
いや、訂正しよう。
そこには何も無かった。
本当の無がそこには有った。
瑞穂の懸命の教育が有ったとはいえ、研究所の外のことはあまり知らないA太でも、本能的にこれは異常であると確信した。
突然A太のポケットの中の携帯電話が鳴り響く。
あたふたとしながらも、昨夜の総司朗の説明を思い返しながらA太は応答する。
「もしもし…」
『その町から出ることが出来れば、君は初めて人間になれる』
またも突然に終了した短い通話。
しかし、差出人不明のその言葉は、A太の行動に影響を及ぼすには充分過ぎる程だった。
A太は屋根から助走をつけて、虚無の中へと飛び込む。




