初仕事です。
ゾンビ達が次第に活発になり始める夜。
瑛太はバースに連れられて初仕事の現場に向かっていた。
「君なら楽勝だとは思うが、暫くは俺が君の仕事に同伴しよう」
途端にバースの顔つきが、仕事人のそれに変わる。
「今回のターゲットは毒性の唾液を飛ばしてくる特殊型だ。
まあ毒っていっても、触るとちょっと痒くなる程度のものさ。
君なら問題ないだろうが、今後使うこともあるだろうし、ここで銃の扱いに慣れておこう。
奴の唾液が届かない位置から、銃で撃つ。
シンプルな作戦だろう?」
時同じくして、アレクサンドリア邸の隣の隣の隣にポツンと立っている安アパートでは、自分を元魔界の王だと思い込んでいるフリーターの青年、釜谷恭蔵と、その恭蔵に自身が魔王の生まれ変わりであるという洗脳を施した自称魔王の僕、芳乃楓が二人仲良く食卓を囲んでいた。
「我輩は魔王である」
顎にはえた無精髭を撫でながら、ジャージをだらしなく着崩した恭蔵が、突然自分が魔王である事を宣言する。
「魔王様、それは周知の事実ですので、早く最後のがんもを口に入れて下さい」
「なあ、芳乃よ。
我輩は魔王である。
だのに、だというのに…」
唇をわなわなと震わせ、ダンッと箸を食卓に叩きつけ、恭蔵が立ち上がる。
「なんだこの体たらくは!!
毎日アルバイト漬けで辛うじて繋ぐ生活費!
アルバイト中以外でろくに会話が出来るのは貴様と野良猫のブチだけ!
一ヶ月に一度の休日は、外を歩けば職務質問を受け、かといって中に篭れば特にすることもなく一日を終えてしまう。
なあ、芳乃よ。
昨日アルバイトの帰りに、ばったりここの大家と出くわしてしまったのだが、その時我輩は何と口をきいたと思う?」
「さあ?」
良い子のみんなも、一緒に考えよう!
「いらっしゃいませ!
だぞ!!」
「ああ、だからあんなに顔を赤くして息を弾ませながらお帰りになったのですね」
「……我輩は、もうなんか恥ずかしかった。
魔王だとか人間だとか、そういう陳腐な括りとは関係がなく、生き物として恥ずかしかったのだ。
ただただ生きる為にお客様に頭を下げ、単純な作業を繰り返す。
次第に我輩の中では、我輩というアイデンティティよりもアルバイトという立場上の人格が大きな割合を占めるようになった。
そしてついにはこの体たらくだ!」
因みに恭蔵がそれ程までバイトをしなければいけない原因は、大体楓が作り出している。
恭蔵が稼いだ金で買った自分用の高級ワイングラスにおかわりのビールを注ぎながら、楓は恭蔵の熱弁を聴き流す。
「……もう沢山だ。
なあ芳乃よ。
我輩は魔王であるぞ。
魔王がただ一つ為すべき事。
それは一体なんだ?」
はっとして、楓は飲みかけのワイングラスを食卓に置いた。
楓の心臓の鼓動が次第に早まって行く。
ついに時が来たのだ。
「魔王様。
それは世界征服でございます」
まるで極上の美酒をゆっくりと嚥下するように、恭蔵は恍惚とした表情で頷いた。
「わかっておるではないか」
恭蔵は六畳間にたった一つ取り付けられた窓を全開にすると、仁王立ちをして全世界に向けて宣言した。
「我輩は魔王である!
よって、我輩はこれよりこの世界を侵略する!!」




