知りました。
存分に芽衣が腕を振るった夕飯を食し、シャワーを浴び、充てがわれたベットの中にA太は倒れこんだ。
「あ、そういえば僕は眠る必要が無いんだった」
眠気も疲れも無いまま、ただひたすら暗闇の中で目を閉じ続けるA太。
「………飽きた!」
ガバッとA太は布団を跳ね除けた。
「研究所に居た頃はどうしてたっけ?」
寝床という物の存在を知ってはいたが、今までそれを貰ったことも利用したことも無いA太であった。
「ずっとゲームしてたっけな」
与那城瑛太の維持費の多くは、電気代に費やされていたのである!
「この部屋なんもないや。
取り敢えず外に出るかな」
なるべく音を立てないようにドアを開け、抜き足差し足で歩くA太。
足元を凝視して、音を出さない事に全神経を注いでいたからこそ、A太は自分の頭の先に麗華の頭があることに気がつかなかった。
コツン。
「………………」
「あれ?」
ようやくA太は顔を上げ、振り向く麗華と目を合わせる。
「ああっと、ゴメンね。
それにしてもどうしてこんな時間に?」
時刻は既に二時を回っていた。
「………貴方も、寝なくていいの?」
「質問を質問で返すのは狡いよ」
「………そうね」
結局二人は、お互いの質問に答えを返さぬまま、ただぼんやりとそこに立っていた。
暫くして、麗華が唐突に歩き出す。
特にすることも思いつかないので、A太は何と無くその後を追った。
辿り着いたのは、アレクサンドリア孤児院の屋上だった。
壁にもたれかかって、麗華が溜息を一つ吐く。
「………どうしてあの時、私を助けようとしたの?」
まるで独り言のような声の小ささで、麗華がポツリと呟く。
「実は、あの後からそれについてずっと考えていたんだけど……正直よくわかんないんだよね」
「………そうだと思った。
あの時の貴方は、余りにも自然で、そう、まるで草や木や花のようだったから」
「ははっ、なんだか詩的な表現だね。
麗華ちゃんって、けっこうポエマーさん?
そんな素敵な言葉は僕には勿体無いよ」
「………そんなことない。
ううん、私にはそうとしか表現出来ない。
あるべくしてそうあった……というか、本当に自然物のようだった」
A太は今日の自分の行動を思い返す。
突然ジャックが現れ、今日知り合ったばかりの女の子を襲い、それを自分が助け出す。
その一連の出来事の中に、一体自分の感情はどの程度介入していたのだろうか?
A太は少しの間悩んだ末、一つの答えに辿り着いた。
「バースさんがさ、言ってたんだ。
自分が知っている人間が苦しんでいると悲しいって。
そう思うのはエゴだけど、そのエゴは人間として当たり前のように持つべきものだって。
僕だって、人間だからね。
当然君が傷つくと僕は悲しい」
人の出した答えを借りて、人間の真似をする。
それが今のA太が出せる精一杯の答えだった。
「………本当に、貴方は私を知ってる?」
「う………。
ゴメン、自信は無いかも」
「………いいの。
多分、これから嫌でも知ることになる」
麗華は自嘲気味にふふと笑って見せた。
それが終わると、麗華はまた壁にもたれかかって俯く。
「………ごめんなさい」
「何が?」
「………貴方に意地の悪い事を沢山聞いてしまった。
本当だったら、他に何も言わずにありがとうというべきなのに」
「言わないの?」
「………………言えない。
勿論感謝はしてる。
多分、一生分位には。
でも、貴方にありがとうって言うのは、何だか神様にお供え物をしてお金を下さいって頼んでるみたいで」
「ははっ、なんだそれ?」
A太のははっ、という独特な笑い声が、しんと静まり返った夜をほんの少しだけざわつかせる。
「あんまり喋んない印象だったけど、案外話してみると色々言うね、君」
「………そう。
お喋りなの。
また一つ知ってくれてありがとう」
「いえいえ、どう致しまして。
って、何がだろう?
ってか、言えるじゃないか、ありがとうって」
「………これは違うの。
これは人間の貴方に対してのありがとうだから」
「なんかどんどん僕の設定が付け加えられていくね。
もうわけわかんないや。
ははっ。
…でも、もしかしたら知るって、勝手に設定を付け加えるようなものなのかもね」
麗華は体を起こすと、どこか遠慮するように、A太の顔を仰ぎ見た。
「………最後にもう一つだけ、知ってほしい事があるの」




