考えさせられました。
「例の生物をウチの研究所に搬送した。
後は奴らなら喜んで解剖なり解析なりしてくれるだろう」
「確かに喜びそうですね。
無駄に痛めつけられたりしないと良いですけど…」
「お前に人間の情があったとはな、松浦よ」
「解析結果に影響が出そうですから。
ほら、この前の新型ゾンビ開発の時も…」
「あ、そう」
松浦の淹れた緑茶をずずずと啜る二人。
「例の少年と同じ体質を持つ謎の生物か。
…偶然とはとても思えんな」
「店長、そろそろその両者には何か固有名詞を付けるべきかと思います。
読者の方がわかりづらいと思うので」
「ああ、そうだな。
じゃあ取り敢えず生き物の方はポチとでも呼んで、少年の方は……そうだな、目のクマが濃いから熊吉とか、どうだ?」
「ポチ………犬ですか。
私にはどちらかというと猫に近い生物に見えました。
ですのでここは定番のタマを推します。
少年の名前は、まあどうでもいいでしょう」
「熊吉は確かにどうでもいいとしても、アレが猫というのは、何かおかしいんじゃないか?
やはりポチだろう」
「店長、有給たまってるでしょう?
眼科にでも行って来た方がいいですよ。
あれがポチだなんてあり得ません。
全く持ってナンセンスです。
やはりタマでしょう」
「いいやポチだ」
「いいえ、タマです」
「ポチだ」
「タマです」
「ポチだろ」
「タマだっつってんだろ」
「ポチ」
「タマ」
「ポチ!」
「タマ!!」
「「ポチタマ!!!」」
間を取ってまさおなどにしてみては如何だろうか。
「……………」
「……………」
「俺たちは一体何に熱くなっていたんだろうな?」
「さあ?」
無視しないで頂きたいのである!
「まあ、良く良く考えてみると、敵や実験動物に名前を付けるというのも、愛着が湧いてしまう場合が有るのであまりよろしくない。
適当に実験体Aとか、A太郎とでも呼べば良いだろう」
「異論はありません。
でもちょっと長いので、A太郎は縮めてA太にしましょう」
「ああうん、いいんじゃないか?
何でお前がそこに拘るのか、俺にはわからんが」
ところ変わってここはアレクサンドリア孤児院。
A太は人目も憚らずブアッークショイと盛大にクシャミを撒き散らしていた。
「おおっと、大丈夫かいA太君?
今日は大分無理をさせてしまったからなぁ。
風邪かい? 近くにマツミヨがあるから今買ってこようか?」
「んーとね、多分風邪じゃありませんよ。
病気とかにはまずならないと思います」
「そうかい?
まあ、不死身の英雄だからな。
そのくらいはそうかもしれないな。
ハッハッハッ!
…でも、今日はキチンと休んでくれよ。
もし万が一病気になられたりしたら、ミス瑞希に会わせる顔が無いからな」
「ああっと…あの人に顔を会わせられない人なんて、あの人自身くらいだと思いますよ。
そんな責任とかは考えなくても…」
「A太君」
真っ直ぐな目をしている。
そう、A太は思った。
「悪かった。
さっきのは、まあ、言い訳みたいなもので、要するに俺は、君が苦しい思いをして欲しくない、ただそれだけなんだ」
「僕が?」
「そうだ。
…そりゃまあ病気になって欲しい人なんていないさ。
世界中の誰もが病気なんかにならなければ、そりゃもうハッピーさ。
だけど、それは無理な話だ。
今も世界の何処かで誰かが苦しみ続けているし、命を落としてもいる。
だけどせめて、自分の知っている人には、一人も病気なんかには罹って欲しくない。
自分勝手な我儘さ。
だが、人間として持つべき当たり前の我儘だと、俺は思う」
「そう、ですね。
はい…」
「それに君は、何だか危なっかしくてな。
死なないからといって、自分を軽視し過ぎているんじゃないかい?
そりゃ、あのジャックとかいう奴の時は嬉しかったが、出来ればもうあんな無茶はして欲しくない。
だから、君に対してはちょっと特別かもしれんな」
はっはっ、と、小さく照れ臭そうに笑うバース。
A太はすっかり元に戻った自分の右腕
に視線を落として黙り込んだ。
自分はどうだろうか?
例えばこのバースさんに、僕は苦しんで欲しくないと心の底から思えるんだろうか?
そもそも僕は、人間なんだろうか?
A太の意識は、思考の渦の中へと落ちた。




