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黒の雨

気づけば雪は雨に変わり、その雨も黒く汚れていた。

私の白い服、白い肌、白い髪。それら全てが、更なる黒へと染まっていく。

…弱い。

余りにも、弱い。

私の思っていた通りに、白は弱いのだ。

その考えは、今も変わらない。

でも──。


「…ブランシュさん?こんなところで、何をしているんですか?汚れてしまいますよ…?」


偶然にして幸運に、私は彼と巡り会う。

仕事を終えたのか、腕の中に紙袋を抱えている。

夕食のパンを買い、自分の家へと帰る途中だったのだろう。


「…アーテルは、何で生きているの?」


私の唐突な問いに、彼は一瞬、(いぶか)しげな表情をする。

そして顔をそらして答えた。


「昨晩、言ったじゃないですか…。約束、だからですよ。」


「…約束ってなに?苦しんで、辛い思いをして…そう生きていけっていうのが、家族との約束なの?」


「…そんな言い方をしなくても良いじゃないですか。」


お前に一体何がわかる、とでも言いたげな顔で、彼は答える。

憎らしげな、そしてどこか卑屈な表情だった。

無理矢理造ったあの笑顔は、影も形もない。

そしてその顔を、彼は直ぐに見えないように伏せた。

…全ては縛られて生きてきたから。

自分の意思ではなく──仕方ないという諦めの中で生きてきたから。

…だから、こうも黒く染まってしまったのだろう。


「確かに私には分からないよ…。アーテルみたいに、家族が何か言い残してくれたわけじゃないから…。でも、皆が今のアーテルのような生き方は望んでなかったってことは、なんとなく…分かる。」


私の、自分でも無遠慮だと思う言葉に、アーテルは勢いよく顔をあげた。

そして、彼に残された僅かな白である歯を剥き出しにして、私に襲いかかるかのように吠えた。


「じゃあ、どうすれば良いっていうんですか!? 夢も希望もない!そんな状況で、僕の家族が望むような生き方なんて、出来るわけがないじゃないですか!!約束を守るためには、苦しくても、生きるしか──!」


彼に似合わないような大声に、私はたじろぐ。

その思考は、まるで昨日までの私だ。

何もないから、死にたいと思う。

何もないから、簡単に諦める。

違うのは、自由に生きているか、束縛されながら生きているかという点に尽きるのだろう。


「…違うよ、アーテル。貴方も私も、生きてなんかいなかった。家族が死んだあの日から、私たちも死んでいた…。だから、約束なんて最初から、果たせていなかったんだよ。」


私は、冷静を装う。

いや装うも何もこれが地で、変えようもないのだが、兎に角彼を束縛から解き放ちたくて、言葉を紡いだ。

足りない頭で足りないなりに、必死に、諭すように。


「……。」


彼に言い、自分に言い聞かせているように言葉を選び答える。

アーテルももう牙を隠し、黙って聞いている。


「生きるって言うのは、こう言うことじゃないんだって、昨日、初めて解った。初めて他人に触れて、いっぱいアーテルと話して…ごく自然に、楽しいって思った。ほんの少しだけだけど、生きててよかったって思えたんだよ…。」


アーテルは、また俯いた。

その顔から、ぽたぽたと雫がこぼれ落ちる。

泣いているのか、それとも雨によるものなのか。

黒く濁った水が地面に落ち、消えていく。

まるで彼から、黒が抜けていくかのように──。


「生きよう、アーテル。生きるって、ああいうことだったんだ。希望も夢もないなんて、ただ諦めるんじゃなくてさ…。そういうのはきっと、探せば見つかるものなんだよ。だから、二人で一緒に見つけよう。貴方や私の家族が望んでいた…私と貴方の本当の生を──。」



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