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黒の街

私の住んでいた町から、南東にある街。

そこは、最近の工業化により発展してきた街らしく、空に向かって何本もの大きな煙突が延び、その先から朦々と煙が立ち込めていた。

けれど、私が一番驚いたのは、その巨大な煙突でも、人の多さでも、この空気の悪さでもなく──


「雪が、黒い…。」


そんな、自然の常識を覆す事だった。


「この街から排出された炭塵が、雪に付着して黒く見えるのでしょうか。理由はどうあれ、余り見てくれの良い光景ではありませんね。」


そう、オーは言った。

この街に向かう道中、彼は自分の名はオーだと、そう教えてくれた。

本当に名前をオーと言うのか、それともOというイニシャルなのかは分からないけれど…何だか変な名乗りだ。

彼と二人で、街の中を歩む。

さっき言ったように、この街には人が多い。

その誰もがみすぼらしい格好をしていて、髪も顔も服も何もかも炭塵で真っ黒にしていた。

それが(せわ)しなく彼方此方に動き回るこの街の第一印象は、あまりよろしくない。


「ねぇ…黒の意味、知ってる?」


「…黒は、絶望。沈黙、不安、悪、恐怖──。そして、死を意味する色として知られています。」


成る程。この街には、そのどれもが当てはまりそうな雰囲気だ。

人々は生きていて、生きていない。

暗く、淀み、陰鬱とした世界──。


「嫌な色…。」


「無論、黒にも良い意味はありますがね。ただ、この街の黒は、そんな黒です。」


黒の良い意味、か。

全く想像もできない。

有ったとして、白と同じ中身のない意味なんじゃないだろうか。

…白と同じくらい、嫌いな色かもしれない。

この街を見て、そう思うようになった。


「ねぇ、オー…。黒の良い意味って──」


そう尋ねようとして振り返ると、彼の姿は何処にもなかった。

周りは、雑踏。

けれどもその中に、イーゼルを担いだ人は見当たらない。

…いつの間に、どこへ行ったんだろうか?

何か用事があったのだろうか。

──不思議な人だ。

つくづくと、そう思う。

私にここまで心を開かせたのは、今までで彼しかいない。

この朴念仁を拗らせたような存在の私がこんなに他人を考えること事態が、異常なのだ。

一人ぼっちになった私は、さらに街の奥へと歩を進める。

オーに置いていかれた事に対しては、特に何とも思わなかった。

そもそもが、付いてくるかと言われて、はいと答えただけの関係だ。

それに、この街にいる限り、再び彼に会うことは出来るだろう、となんとなしに思った。

煤の立ち込める中、住宅街と思しき場所をぬけると、工場ばかりの地域に出る。

此処は住宅街よりも更に炭塵が多く舞い、普通に呼吸をするのも苦しい程だった。

人影も疎ら。

所々に見える建物の隅に踞る人々は、果たして生きているのか。

武骨な金属で出来た大きな箱の中にしか、生は感じられない。

煤の付き始めた服で口元を覆い、尚も進むが、どこまでいっても、黒、黒、黒──。

暗く空を覆う雲の黒。

煤で汚れた雪の黒。

黒以外の色が見つからない。

これじゃあ、白しかなかったあの町と、何ら変わらないじゃない。

地上なんて、こんなにも色が少なかったのか──。

やはり、こんな世界に存在する価値なんて──。


「っ…!」


視界が悪い中を考え事をしながら歩いていたせいか、誰かにぶつかってしまい、尻餅をつく。

多数に踏まれていた為か雪は溶けかけており、私の服は尻餅の跳ね返りで黒く染まった。


「あ…す、すいません。先を急いでて、前をよく見ていなかったものですから…。」


そんな声が聞こえて、目の前に手が差し伸べられる。

…やはり酷く煤けていて、黒ずんだ手だ

此処では、人も黒く染まってしまうのか、と思いつつも、その手を取って立ち上がる。

それを離して掌をふと見ると、黒が伝染していた。


「お怪我はありませんか?」


「ん…、大丈夫…」


そう答えながら顔をあげる。

そして、私はその手の主の顔を見て、驚く。

煤に汚れた肌や髪。

それは他の人変わらない。

けれども、彼の瞳が、この街の黒なんて目じゃない程に、黒かった。

光を微塵も感じない、不気味な──。

あまりの衝撃で硬直した私に頭を下げると、彼は炭塵に紛れて消えた。

彼が走り去った後も、私は暫くそこに立ち尽くす。

…もしもオーが彼をみたなら、間違いなく──。


「黒、ですね。」


「あ…。オー…?」


予想通りの答えを聞いて振り向くと、工場の傍らに積まれた木箱の一つに腰掛けたオーがいた。

相も変わらず、微笑とともに。


「…見てたの?」


「えぇ、一部始終。偶々ですがね。」


…本当だろうか?

偶然にしては出来すぎなような。

何よりその表情が、信じるには軽すぎる。


「オーも、彼を黒だと思う…?」


「えぇ、黒も黒。真っ黒ですよ。貴女とは完全に 対照的ですね。」


「対照的…?」


「…私は貴女の持つ色を白だと言いましたよね。実は、白自体は珍しい色ではないのです。人は皆、産まれた時は白なのですから。」


突然のオーの言葉に、私は少し戸惑う。

彼は一体何を言おうとしているのだろう。


「産まれた後、様々な人と出会い、そして様々な経験を積むことによって、様々な色に変化していくのが普通なのです。貴女の場合、その年まで白のまま、というのが珍しいのですよ。というか他に見たことがありません。」


あぁ、わかった。

つまり彼は、私が大した出会いも付き合いも経験もしていないと、そう言っているのだ。

…当たっているから、反論も出来ない。


「なら、黒は?」


「これまた見たことがないのですよ。…黒がどうやって作られるか、知っていますか?」


私はただ首を横に振る。

知っている訳が無いだろう。

今まで興味すら湧いたことはない。。

すると、彼は(おもむろ)にパレットを取り出し、その上にあらん限りの色を出していく。

赤や、青や、緑に黄色。

そして紫、茶──。

それを筆で混ぜ合わせた時、私は思わず声を出した。

…黒が、産まれた。

全てを呑み込んでしまいそうなくらい、深い深い黒。

恐怖すら感じるそれは、当に彼の瞳の色で──。


「恐らく貴女と逆に、彼は多くの出会いや別を、その過ごした年月の割りに経験しすぎたのでしょう。…それだけでは無いかもしれませんが、彼が黒に染まった理由は、その過去にあるのは間違いないでしょう。」


彼の消え去った方を見詰めたままに、オーは言った。

人と付き合わなかった、白い私。

人と繋がりすぎた、黒い彼。

なるほど確かに考えるほどに、私と彼は、対照的であるらしかった。



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