第8話 不良とナンパ
店を出た後とりあえずケータイで悟兄にメールして、待ち合わせ場所の広場を目指す。なんかめちゃくちゃ視られてる気がする。
ボクを指さしてヒソヒソ話をしている人もいるような……。
服装が心許ないから、人の視線が刺さるようで痛いというか、恥ずかしいというか。何か嫌な感じだ……。
異世界で女装してた時も大勢の人に見られてたけど、あれは尊敬や感謝のような暖かくて励まされる視線だった。
でも今感じるのは、なんというかもっと俗的な何かが混じったような……。
……やっぱなんか変な所あるかな?それとも自意識過剰なだけかなあ?
うーん。考えても仕方がないか…………。
広場に着いたら、ベンチが空いていたのでハンカチを敷いて、シワにならないようにスカートを伸ばしてから座る。
こういう所作は、異世界でローディ先生に仕込まれたので自然に出来てしまう。そう、出来てしまうのだ……。悲しい……。
異世界で民衆の前では常に女の子のように振舞わないと行けなかったからしょうがなかったんだけど。ちなみに頑張れば私口調でしゃべれる。
うん。自分で言ってて辛いけどねっ。俯き加減にそんな事を考えていると、頭上に影が差す。 悟兄かな? 早いな……。
「ねぇねぇ彼女―? 可愛いねー。 こんなとこで1人で何してんのー? 俺たちと遊ばなーい?」
そこには4人のチャラい大学生ぐらいのグループがいた。うぅ、こういう人達ちょっと苦手なんだよなぁ……。 怖そうだし……。
「すいませんっ。 ま、待ち合わせをしているのでっ!」
異世界で大分度胸はついたんだけど、未だに対人関係で不良みたいな人に絡まれるのはダメみたいだ。 若干声が震えてるのが自分でも分かる。
人目もあるし、いざとなったら魔法もあるから大丈夫だとは思うけど……。いや、これだけ人目があると逆に魔法は使えないかもしれないな……。
「彼女怯えてんじゃーん。俺に任せろよ~。」
男たちがどんどん距離を詰めて取り囲んでくる。ちょ、ちょっとやばいかも。
「ねぇねぇ? ちょっとでいいから俺たちと遊ばない? タノシイ事教えてあげるよ?」
「ごめんなさい……。本当に人を待っているので……。」
「こんなトコで1人でいるって事は誘ってるんでしょー? 楽しませてあげるから一緒に行こうよ~。」
男の1人がボクの手首を掴んで肩に手を回してくる。ダメだっ。この人達全然ボクの話聞いてないっ……。嫌だ、怖い……。
「は、離してくださいっ。」
「おい。こっちが下手に出てるからってあんま調子乗ってんじゃねーぞ?」
「遊んでやるって言ってんだから大人しくついてこいよ。」
思うように行かなくてイライラして来たのか、態度が豹変する不良達。
怖いし、触れられてる所が気持ち悪いっ。 でも魔法で離脱するには人目が……。
「あの……ほ、ほんとに……や、やめて、くださいっ!!」
「あぁん……? なんか生意気だなぁ……!?」
ボクの態度に次第に声を荒らげ始める男達。
「おらっ、さっさと来いよ!!」
「――ッ!!」
――オラッ、餓鬼ッ!! さっさと来ねぇかッ!! ✽✽スゾ!!――
ひっ……。嫌だ、嫌だ嫌だイヤダ……。 やめて。怒らないで、大声で怒鳴らないでぇ……っ!!
怖い、頭が真っ白で何も考えられない。助けを呼ぼうと思っても、震えて口が、言葉が出てこない。 ――ただあの時の恐怖だけがボクを支配する。
不良達が強引にボクを立たせて連れて行こうとする……。
い、いやだ、嫌だよ……!もう、あんな思いをするのは…………。
お願い…………。だれか……誰か、助けて――
――――悟兄ぃ!
「おい――汚ぇ手で妹に触れてんじゃねーよ。」
…………後ろから聞こえた聴き慣れた声。
――いつもボクを安心させる低めのハスキーボイス。
「ぇ……うぇっ……悟兄! 遅いよぉ!!」
「……悪い。まさか、こんなちょっとの間にナンパされてるとは……。」
悟兄はボクに触れている男を強引に引き剥がすと、自分の手元にボクを引き寄せる。
……太くて、暖かい悟兄の腕が、優しい体温がボクを包み込む。
恐怖で冷たく麻痺した心が、溶かされていく。パニックが収まり、次第に正常な思考が戻ってくるのを感じる。
「おいおい、なんなんだ? てめぇ?」
「今そこの娘と一緒に遊ぼうって話になってたんだよ! 邪魔すんじゃねーよ?」
口々に悪態をつきながら悟兄に突っかかっていく不良達。
この人達言ってる事が無茶苦茶だ……。ボクはずっと誘いを断っていたのに、……自分の都合しか考えていない。
それに対して、ボクを庇うように前に出る悟兄。肩が震えてる。
…………こ、こんな怒ってる悟兄は久々だ。
「あっ、震えてんじゃーん? 格好良く登場したけどビビっちゃってんの?」
「震えてるとかマジだっせーな。雑魚は引っ込んでろよ。 オラッ!!」
ついに痺れを切らした男の一人がそう言いながら悟兄に殴りかかる。
「……これは正当防衛だ。せいぜい後悔しろ――。」
余裕を持って男のパンチを止めると鳩尾にキレのある蹴りを入れる悟兄。多分一発KOだろう。それを皮切りに他の3人の男も同時に襲ってくる。
「てめぇえ!!」
「死ねやぁああ!」
「調子乗ってんじゃねえぞぉお!!」
3人の同時攻撃を一人は足を引っ掛けて、残り2人を両手で対処する悟兄。状況判断に優れているから最適の行動択をとれている。
悟兄の足で転ばされた男が起き上がる頃に、もう一人の男を蹴り飛ばす。
不良達の攻撃をそれぞれ異なったタイミングで受ける事で、上手く数的不利を補っている。
そのまま悟兄は、立ち上がっては向かってくる男達をいなしていたが、次第に男達に戦う気力が無くなってくる。
大した怪我はしていないはずだけど、体力と気力の尽きた不良達はついに地面に崩れ落ちる。
「っぐ、くそがぁ……!!」
悪態をつく不良達。悟兄は男達の目の前まで歩いていくと、そのまま這いつくばった彼等を見下した。
「2度と妹に手を出すな――。 次やったら容赦しない。」
「っ……。」
悟兄の物凄い胆力に圧倒される男達。悟兄が手加減していたから傷は浅いだろうけど、それ故に本気でケンカしたら自分達がどうなるのかを悟ったのだろう。
「…………っち、いくぞ……!!」
リーダー格の男がそう言うのと同時に、足を引きずりながら苛立ちを顕にして去っていく不良達。
だがやはり、そのまま負けっぱなしで去るのを男のプライドが良しとしなかったのか……。
途中で立ち止まった男は、去り際に悟兄を睨みつけると、捨て台詞を吐くように――
「お前ぇの顔は覚え、た……。 このまま、じゃ……すまさねぇぞッ!!」
「俺ならいつでも相手になってやる。だが――妹に手を出したら…………。」
不良の凄みにまったく動じず答える悟兄
でも…………ボクのせいで、悟兄が要らない恨みを買ってしまったかもしれない。
男達が居なくなるのを確認すると悟兄はこっちを向いた。優しくボクを気遣うような目に見つめられて、いままで抑えていた感情が爆発しそうになる。
「大丈夫か優希。 怖かっただろう?」
「うぅっ……悟兄が、こんな格好させるから……。」
「悪かった……。」
「さ、さとにぃ……がぁっ……ボ、ボクを一人にするからぁっ……」
こんな事を言いたいんじゃない……っ!!本当は助けてくれてありがとうってお礼を言いたい……!!
ボクのためにケンカして恨まれて、ごめんねって謝りたい……っ!!
服だって悟兄のせいじゃない。ボクは神の願いで女の子になったのだ。もし男に戻れなかったら……。いや、きっと戻れない可能性の方が高いだろう。
…………そうなった時にショックが少ないように、女の子として生きていく事が少しでも納得出来るように、悟兄はきっとそんな事を考えてる。
いつもボクを第1に考えてくれるから。たった1人の兄弟だから……。
「……ちょっと胸かして。」
「…………あぁ。」
悟兄の胸にしがみつき、顔を埋めるボク。溢れる涙を、それに濡れくしゃくしゃに歪んだ顔を悟兄に見せたくない。いや、見せちゃいけない。
ボクが傷つくのを悟兄は一番恐れるから…………。
……異世界に行って魔物達と戦って強くなったと思ってた。
でも実際は守られてただけ。……ボク一人じゃいつまで経っても弱いままだ。
現実世界に帰ってきて、異世界で得た力で、今度は悟兄や皆を守りたいって思った。今までずっとボクを守ってくれた大切な人達を自分の手で――。
でも結局、悟兄にも悠斗にも守られてばっかり何も成長してないッ……。
「弟を守るのは兄の役目だ――。」
ボクの髪を撫で付けながら優しい声でそう言う悟兄。うなじの髪の付け根の辺りを優しくさすってくれる悟兄。
小さい頃、ボクがぐずったり、ケンカして仲直りした後はいつもそこをさすってくれた。とても優しくて暖かい気持ちになれる。まるで魔法みたいな――。
「…………ごめんなさい。…………ありがとう。」
小さく呟いたその言葉は悟兄に届いただろうか。
……少し顔を上げると、優しく微笑んでいる悟兄の顔が見えた。
少し暗い展開で申し訳ない。
もっと丁寧にやった方がいいんだろうけど、後3話程で1章終了予定。そこまでは巻きで進めます。