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第5話 暗躍

 

 ――昨日午後5時頃、生駒市桜木町の市民公園付近で本社との連絡の途絶えたまま行方不明となった大型トラックドライバー、宗方修司42歳が、今朝未明3キロ離れたゴミ収集所にトラック毎飛び込み死亡している事が発見されました。 警察の調べでは、アルコールや薬物の検出は無く、引き続き事故の原因を調査中です――


 プツッ――


 必要最低限の物しか置いていない――生活感が無く、不気味な部屋。暗闇の中テレビを消して立ち上がる壮年の男。 


 「よくやった。 一人の男を傀儡にし、死に様を指定出来るとは、恐ろしいものだな――《魔法》というものは。」


 男の賛辞に人影が不気味に揺れる。


 「…………。お褒めに預かり光栄ですねぇ。 殺人、監禁、誘拐、復讐、調教。何でも引き受けますよぉ……。 今後とも――を是非ご贔屓に。」


 間延びした不愉快な声が部屋に響き渡る。壮年の男が影に目を向けると、影の主は慇懃に礼を行い、次の瞬間霧散した。


 「まったく。掴みどころのない。胡散臭い奴だ……。信用すれば痛い目を見るだろう。…………。だが、それでも俺は――」


 昼下がりだというのに、その部屋は異様に暗かった。ただその男の捻れた信念――それを携えた両の瞳だけが、歪に輝いていた。




 朝、悟兄を起こしてニュースを見ながら朝食を摂る。恐らく昨日のトラックの運転手が、あの後ゴミ収集所に突っ込んで死亡していた。



 昨日の公園の時点で運転手は正常な状態じゃなかったと思う。ボクの物理障壁は、攻撃対象にダメージは与えられないが、衝突時にかなりの不快感を与えるはずだ。


 居眠りをしていたらそれで起きるよね。あの時の障壁の減衰速度から見て、運転手はアクセルもブレーキも衝突前から一切変えてなかったはずだ。



 意識がある状態でそんな事有り得るか?でも意識がないと3キロ先のゴミ収集所まで行けるはずがない。考えれば考えるほどおかしいよ。まるで誰かに――。


 「…………ニュースのトラック事故。もしかして昨日子供に衝突しそうになったトラックか? 」


 思考に耽っていると悟兄が尋ねてくる。相変わらず勘がいいなあ。


 

 「うん……。助けるために魔法使った時に、ちょっと違和感を感じてね。トラック越しだから正確には分からないけど、まるで誰かに操られているように運転手の意思が感じられなかったんだ……。」


 

 意識を奪って自分の思い通りに動かす。普通そんな事出来るはずがない。だがボクの居た異世界イェーンザイツの魔法なら――可能だ。


 

 地球、日本。この世界にもマナが存在する。マナが存在するという事は、魔法の才能と知識があればボクのように魔法を使う事が出来るということだ。


 

 もしかしたらボクが知らなかっただけで、この世界にもファンタジーな要素が存在するのかもしれない。ボク以外にも魔法や異能力を使える人間が……。


 「優希……。」


 「…………分かってる。深入りはしない。言ったでしょ? ボクはボクの見える範囲の人間を守れればいいんだ。」


 

 そもそもボク自身に戦闘力はほとんどない。攻撃魔法は適正がほぼ0でまともなものを使えない。マッチに火を付けたり、水鉄砲やそよ風を吹かせられる程度だ。


 

 攻撃力強化系の補助魔法も元の力が弱いのと、ボク自身と相性が悪いのとが相まって、あまり効果がない。


 自分自身に効果があるのは、機動力や防御力を上げる支援魔法と回復魔法、結界魔法だけ。要するにボク単体で敵にダメージを与える事はほぼ不可能って事だ。


 

 敏捷強化の適正は結構あるので、逃げる事だけならかなり自信はあるが、支援特化のボクが単独で戦闘を行うのは無謀にも程がある。


 

 人間一人に長時間複雑な催眠を掛ける。イェーンザイツなら相当腕の立つ黒魔導士といった所かな。間違いなくボクの手に負える相手じゃない……。


 

 こんな時にベル達がいればなって思うのは、都合が良すぎるよね。あの面子が一人でもいれば、並大抵の術者には負けないのだけど、変態達から逃げる事を選んだのはボクだ。泣き言を言ってもしょうがないっ…………!!


 「ごちそうさまっ。 今日も授業の予習したいから早めに行くねっ!」

 

 いつまでも考え込んでいると、悟兄が心配してしまう。そう思ってボクは思考を中断すると、食事の後片付けを始めた――


 



 「……優希、週末にこれ行かないか……?」


 片付けを終えて学校に行く準備をしていると、悟兄が何かのチラシをチラつかせる。


 「スイートパラダイス ―予約制季節の限定ドルチェ食べ放題―」


 こ、これ!行きたかったやつだ!! 東京でしか売ってないようなスイーツが限定的に食べられるバイキング! でも雑誌で見たけど、これって確か……。


 ―カップル限定企画―


 「さとにぃ……?」

 「……今のお前は女だ。女物の服買えば俺とカップル扱いで入れるぞ。」

 「そ、そんな!誰が好き好んで女装なんか……!!」

 「前から行きたがってたからな。今なら俺のコネで予約ねじ込める。」


 そんな殺生なっ……!! 正直めちゃくちゃ行きたい。でも女装はいやだっ! あーもうっどうしよう!!


 「スウェーデン産の有名チョコアイスもあるらしいぞ。」


 そ、そんな見え透いた餌に釣られたりなんか……!


 「銀座の限定ティラミスに卵たっぷり使った濃厚カスタードシューもあるぞ。」


 う、あぁ、チラシに乗ってるこれかぁ。めちゃくちゃ美味しそう……。


 「ちなみに兄ちゃんのコネでタダで行けるぞ」


 「……行きます。」


 タダであんなに美味しそうなもの食べ放題なのに行かないわけがないっ。じょ、女装?か、関係ないねっ! 自分からするんじゃなくてスイーツのためなんだからっ! 


 訳のわからない言い訳を自分にするボク。


 「じゃあ週末の土曜。お前の服買った後行くから、予定空けといて。」

 「う、うん……。」


 は、早まったかななぁ……。


 

 


 その後何事も無く学校に着き、授業を受けるボク。今日は悠斗も朝練があったらしく、遅刻せずに来ている。まぁ授業中ほとんど寝てるけど……。 どうせネトゲか深夜アニメでまた夜更かししたんだろうなぁ。 


 悠斗は野球少年って言っていいぐらい昔から野球が好きなんだけど、それと同じぐらいアニメとかゲームも好きだ。 


 最初はインドア派のボクの影響で一緒にゲームとかアニメを見てたんだけど、いつの間にかどっぷりハマっちゃったみたいで今はどっちもボクより詳しい。 


 というかサブカルも野球も極めようっていうバイタリティがすごいよ。 夜更かししても野球の朝練ある日はしっかり起きるし。まぁその分勉強が疎かになって、試験前にボクに泣きついてくるんだけど。



 「おー。ここ和訳してみろー。 風守ぃー……。」

 (ゆ、悠斗っ! 当たってるよっ!!)

 「むにゃむにゃ……。 姫花さぁん…………メルアド教えてくださいよぉ……。」

 「…………。」






 


 あっという間にお昼休みになって、お弁当を持って悠斗と一緒に食堂に向かう。食堂で茜と悠斗と3人で昼食を摂るのがボク達の日課だ。


 「おーい! ゆーちゃん、風守ぃー! こっちこっちー! 席とってるよ~。」


 手をぶんぶん振りながらボク達を呼ぶ茜。明るくて回りの言動を気にしない、茜らしい行動だけど。ボクとしてはちょっと注目されて恥ずかしい。


 「ちょ、ちょっと茜っ! 皆見てるからちょっと抑えてっ!」

 「餌を前にこーふんしすぎだろ……。流石山猿。」

 「おやおやぁ? だーれが、山猿だって……?」


 茜と悠斗はいつも口喧嘩をしている。仲はいいと思うんだけど、気恥ずかしいのかな?二人共美男美女だからお互いに意識してるのかも知れない。好きな子を苛めたくなるみたいな理論?素直になれないっていうのかな?


 2人のぎゃーぎゃー賑やかな口喧嘩を見ていると、微笑ましい気持ちになる。こういうありふれた日常が帰ってきたのが嬉しいよ。


 そんな事を考えながら2人を見つめていると、いつの間にか2人ともこっちを見ていた。ケンカはもういいのかな?


 「優希……その母性溢れる微笑みはなんだ。 お前は俺のカーチャンか。」

 「なんかゆーちゃんいつも子供っぽいなって感じなのに、今すごい子を持った母親みたいな顔してたよ。」


 照れながらそう言う2人。お母さんってのは引っかかるけど、大人っぽくなったって言ってくれてるのかな? いつもボクを弄ってばっかの2人が同時に褒めてくれるとなんか照れる。


 異世界での経験がボクを大人にしたのかもしれないね。ふふっ……。


 「流石城聖高校、お嫁にしたいランキング1位のおと……ふべっ!!」

  


 余計な事を言おうとする悠斗を無言で殴るボク。ああもう、悠斗は一言多いんだよっ!


 お嫁にしたいランキングってのは1年の時の学園祭で女子生徒全員を対象に行われたものだ。 


 1年の時調理実習や保健委員で謎の信者を獲得してしまったボクは、男女共に多くの票が投じられ2位の女子に大差をつけてランキング1位に輝いてしまったのだ。


 いや、もうほんと勘弁して欲しい。 裏でファンクラブも出来てるらしいし、黒歴史でしかないよっ。


 「学園祭の時、顔真っ赤にして壇上に登るゆーちゃん可愛かったなぁ……。」

 「優希に手当てして欲しくて、わざと怪我する奴続出したしな。」

 「も、もうその話はいいよっ。ご飯たべよっ!」


 無理矢理話を中断しようとするけど、そのままボクに関するエピソードを次々に語る二人。


 さっきまでケンカしてたのに、ボクを弄る時はなんでそんなに息ぴったりなんだ……。


 

 「しっかし、相変わらず弁当小さいなぁ……。 ちゃんと飯食ってんのか?」


 二人が学食を食べ終えて、ボクが弁当に残った最期の卵焼きに手を付けている時に悠斗が呟く。ボクのお弁当は小さめの1段弁当で、女の子のお弁当みたいな大きさだ。


  「ケーキとかなら結構入るんだけどね……。」

 

 ボクだって出来れば身長が高くて程よく筋肉のついた男らしい体型になりたい。でも現実は非常だ。


 好き嫌いも無いし、バランスの良い食事を心がけてるけど全然成長しない。量を食べれないから筋肉も付かないし。


 「あれ……? でもゆーちゃん、胸とかお尻大きくなってない? ちょっと筋肉ついた?」


 そう言う茜。あれ? 胸はサラシ巻いてるはずだけどっ……。お尻は……はぁ…………ダンガンめ。


 「そ、そうかなっ? そうだったら嬉しいなー。あははっ……。」


 引きつった笑顔で答えるボク。実際ついたのは女らしい脂肪だからまるで喜べないよ……。


 「筋肉( マッスル)博士(プロフェッサー) の俺が調べてやるよ!」

 「わ、わわっ……!」


 訳の分からない肩書きを名乗りながら隣に座ってた悠斗がボクを抱え上げて膝の上に乗せる。いきなり何をっ。急に抱き上げられてパニくるボクを後ろから抱きしめる悠斗。


 野球をやっているからか、男らしくて硬い胸板がボクの背中に当たる。羨ましいな……。悠斗の胸板の感触にそんな事を考えていると、両脇したからスルっと手が入れられて、そのまま悠斗の両手はボクの胸元に――。


 「んっ、……ぁっ、はぁぅ……!!む、胸っ……揉まないでぇっ……!!」

 「んー? 硬いな? でも筋肉とはちょっと違うような……?」


 サラシの上からボクの胸を撫で回す悠斗。胸がある事がばれちゃうって気持ちと、恥ずかしさ、ふわふわした変な気持ちがゴチャ混ぜになって何も考えられなくなる。


 「あっ、んっ、ふぅっ……。 ちょ、ゆ、ゆうとぉ……や、やめ、てぇっ……!!」

 「お前、胸以外はぷにぷにだな……。 触り心地いいけど、もうちょい筋肉つけたほうがいいぞ?」

  

 そう言いながらお腹やお尻を撫で回す悠斗。女の子になってから、肌か敏感になったのか触られる所が熱くなって、ふわふわして、思考が纏まらない。


 「や、やめてってばっ……。そ、それ、いじょう……された、あっ……らぁ……!!」



 「はぁっ、はぁっ……はっ、はふっ……。」

 「ま、もうちょい筋肉付けたほうがいいな!俺と一緒に走るか?」

 

 結局10分ぐらい身体を弄ばれた……。もうお婿に行けないっ……。ていうか、あんだけ触って何も気づいてない悠斗って、やっぱアホなのかな……。乱れた着衣を乱しながら息を整えるボク。


 「茜も見てないで止めてよ……。」

 「…………身体弄られるゆーちゃんがエロすぎて……つい……?」


ふ、二人共、お、おぼえてろよぉ……。


 

 授業が終わって放課後、今日は真っ直ぐ家に帰る。家に着くと、制服をハンガーに掛けて、ワイシャツを洗濯機へ。


 サラシを取って、部屋着に着替える。学校にいる時はサラシで胸が締め付けられて息苦しいから、サラシを取って部屋着に着替えると大分楽になる。精神的には辛いけど……。


 「うぅっ、今日こそお風呂入りたいなぁ……。」


 服の上から自分の女の子としても大きめの胸を見ながら考える。今日までは浄化魔法で体を綺麗にしてたけど、ちゃんとした石鹸で体洗いたいし、日本人としてはやっぱり湯船に浸かりたい。


 せっかくこっちに帰ってきたんだしね。でもボクにこの体を洗えるのかな。無駄に女の子らしい体にされたせいで、今でも自分の体を直視出来ないというか、恥ずかしいというか。


 (洗うってことは、今日悠斗に触られた時みたいに全身くまなく自分の体触らなくちゃいけないんだよね……。)


 昼の出来事を思い出して、体の芯が熱くなる。だめだっ、だめ! 考えるな。昼の事は忘れるんだ。


 「そうだっ! 悟兄に洗ってもらおうかなっ?」


 いやいやいや、何考えてるんだボクはっ!! 悟兄にこの体見られるなんて恥ずかしすぎるし、もし洗われてる時に昼みたいな声がでちゃったら……!! 


 だめだめっ、やっぱ自分で洗おうっ……。 目をつむりながら出来るだけ素早く洗っちゃおう。 うぅっ……。


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