第3話 学校へ行こう
昨日の騒動から1日経って、月曜日の朝。しっかり6時半に起きて、朝食の準備をする。
うちの朝ごはんは1日毎に洋食と和食を入れ替えてるんだけど、今日は和食。昨日の晩に作った味噌汁と焼き鮭、甘くないだし巻き卵にお漬物とご飯。悟兄を起こして一緒に朝食を摂る。
「相変わらず優希のご飯は美味しいな。」
「ふふっ……ありがとっ……。」
悟兄は本当に美味しそうにご飯を食べる。美味しいって言ってもらえると嬉しいし、作った甲斐があるというものだ。
そんな兄の姿に和みながらも、これからの自分の生活を思うと気が引き締まる。
結局昨日色々実験して分かった事は以下の通りだ。
・髪は呪いで切れない。
・魔力解放――魔法を使える状況にする――と純白の乙女装備が召喚され、強制装着される。
・現実世界にもマナが存在し、魔法が使える。
・異世界で使えた魔法は恐らく全部使える。
・体は完全に女の子のそれだった。
とりあえず人前で魔力解放すると、あの恥ずかしい格好を晒す事になるから、魔法は極力使わない方針で行く事になった。日常生活で使うことなんてないしね。
魔力開放時に《純白の乙女》装備が強制換装されるのは、恐らく《純白の乙女》の加護がボクに付与されたままだからだ。
あの装備はただ恥ずかしいだけじゃなくて、《純白の乙女》の魔力に呼応して魔法の力を強める働きがある。所謂《純白の乙女》専用のマジックアイテムだ。それ故この装備はボクとの結びつきが非常に強い。
恐らくボクが魔力開放をすると主の匂いに釣られてどこからかやってくるのだろう……。異世界では普通に着脱出来たんだけどなぁ……。
とりあえず乙女装備は、ボクの魔力で無理矢理干渉して染色した。異世界では変態達に染める事を阻止されたけど、ここでは邪魔する人は居ないからね……。事情を知ってる兄の前でも、ピンクと白のフェミニン全開の格好になるのは恥ずかしすぎる。
そういうわけでドレスを薄桃から生成りの白色に、ケープを白からネイビーに染めた。ケープが大きくて股下ぐらいまであるから、青の外套から白いインナーがちょろっと出ているような見た目になった。これで大分甘さは薄らいだだろう……。
なんにせよ女の子の格好である事は一目瞭然だから、兄以外には絶対変身する所を見られてはいけないし、変身後に行動している所も見られたくない。知り合いに見られたら恥ずかしくて死ぬ! 自ら女装してるとか、ボクも変態の仲間入りだよ!
後身体ね。完全に女の子だった。トイレ行くのはどうしようもないから慣れたけど、お風呂どうしようかな。悪い事してるみたいで、自分の身体を直視出来ないんだよね。身長は155ぐらいなのだけど、胸とお尻にそこそこ肉がついてて、なんかエロい。
……これ絶対にダンカンの願いのせいだ。あいつのエロい妄想がボクをこんな身体にしたんだよ……。頭にガッハッハッハという能天気なダンカンの笑い声が再生される。あぁ……痛い。頭痛が痛い。
「早く食べないと学校に遅れるぞ? 結局男として頑張る事にしたんだろ?」
「う、うんっ! 急がなきゃ!」
悟兄の言葉で現実に引き戻される。そうだ。結局ボクは男として学校に通う事にした。胸はサラシで隠して、縮んだ身長は上げ底の革靴でなんとかした。
一番の問題は髪の毛で、これは伊達眼鏡に認識阻害の魔法を掛ける事で、ショートヘアに見せる事にした。
ただボクは治癒、結界と支援魔法以外はほとんど子供の遊び程度の魔法しか使えないので、近くで凝視されたり、疑いをもって髪を見られるとバレる。
けどまぁ今まで短い髪型だった奴が、急に長くなるなんて誰も思わないだろうから、疑って見られる事は多分ないだろう。近くで凝視も大丈夫でしょ。変態達がいたら駄目だけども。
「行ってらっしゃい。まぁバレないように頑張れ。」
「行ってきまーす! 悟兄もお仕事頑張ってねっー!」
ご飯を食べて手早く洗い物を済ませると、後から出る悟兄に見送られ、家を出るボク。久々の学校! 姿も一応なんとかなったし、今はバレる不安より3年ぶりに学校に行けるという喜びが勝っている。
(悠斗も茜も元気かなぁ…………。)
ボクには2人の親友――風守悠斗と日野茜がいる。
金曜に学校が終わって2日後なんだから、普通だったら元気で当たり前だけど、ボクの主観からしたら3年ぶりだ。早く2人の顔がみたい!そんな思いがボクの足取りを軽くさせる。
「よっ、ゆーちゃんっ! 今日はえらいご機嫌だね。」
そんな事を考えていると、後ろから声が掛けられた。明るくサバサバとした、気持ちのいい声色。後ろを振り返ると一人の女の子がたっていた。
女の子にしては高めの160台後半ぐらいの身長に、勝気な瞳と綺麗にスッと通った鼻筋。小さなしゅっと引き締まった顔がモデルのような体型を更に際立たせている。
肩まで伸ばした栗色の髪を一つ括りした如何にも活発そうな少女が片手をひらひらと挙げて、こちらに微笑んだ。
「茜っ!! 久しぶりっ!!」
振り返って声の主、日野茜の元まで駆け寄るとボクは茜に飛びついて彼女を見上げる。上げ底しても160cmちょっとにしかならないボクはどうしても見上げる形になるのだ。
「お、おおう、ゆーちゃん今日はえらく積極的だねぇ。」
「わわっ、ごめんっ!!」
慌てて離れるボク。感動のあまり、ちょっとスキンシップが過ぎたかな。付き合ってもないのに男が女の子に飛びつくのはよくないよね。
「いやいや、おねーさんは嬉しいよ。 出会った頃はあんな人見知りだったゆーちゃんが、欧米式のコミュニケーションを取れるようになるなんてね!」
わははと爽やかに笑いながら、茜がボクの頭を撫でてくる。
「ちょっと、子供扱いしないでよぉ! もーっ……。」
文句を言いながらも茜に頭を撫でられるボク。人に頭を撫でられるのって気持ちいいんだよね。顔がとろけてふにゃーってなる。
ボクが茜と出会ったのは中学1年生の時だった。小学生の頃、両親を亡くしたボクは、悟兄と幼馴染の悠斗以外には心を閉ざしてしまった。
そうやっていつも俯いて暗かったボクは、中学生と環境が変わった事もあって、中1の夏にいじめを受けた。
そんな中ボクを救ってくれたのが、日野茜と幼馴染の風守悠斗だった。悪い事は悪い。好きなものは好き。自分の意見をはっきりと真っ直ぐに言える茜はすごく格好良かった。茜は悠斗と一緒にボクをいじめてた人たちをボコボコにしてくれた。
結局いじめてた人たちもそんな悪い人達じゃなくて、ボクがいつも一人でいるから、ちょっと構いたくなって、それが行き過ぎていじめの様になってしまったらしい。この1件でボクはこう思った。
――皆が関わろうとしてくれてるのにボクが閉じこもってちゃいけない。
それからは悠斗と今まで以上に馬鹿をやったり、茜のように前向き明るく生きていけるように努力した。そうやって今の明るく前向きなボクがあるわけだ。二人には感謝しても仕切れない。
久しぶりに茜を見たせいか、そんな思い出をつらつらと思い浮かべてると茜の手が止まって、ボクの顔をじっと見つめている事に気づいた。
「ゆーちゃん………………」
……やばいっ……。髪の事バレた……!?
2日でセミロングなんて有り得ないよね。10cm以上伸びてるもん。さっきも自分から抱きついちゃったし、ちょっと接近しすぎたかもっ……。
「いや、なんか顔つきが大人っぽくなったなーと思ったら、眼鏡付けてるんだね。伊達かな? 似合ってるよ。」
ああ、眼鏡か。うん。そうだよね。普通突っ込むよね。良かった。髪の事バレて問い詰められたら、ボクじゃ上手く切り抜けられそうにないからね…………。
ていうか大人っぽくなったって言われた? へへ、いつも子供扱いされるから嬉しいなぁ……!!
そんなこんなで茜と眼鏡や宿題の話をしつつ学校に到着。ボク達の通う学校は、家から歩いて20分程の場所にある。
私立城聖高校――そこそこの有名進学校であるここは、特待生制度を採用している。遺産がそれなりに残ってるけど、兄に負担をかけず、家事などの問題からあまり遠くない学校に通いたかったボクは、城聖高校の入学試験で好成績を修め、授業料免除の特待生としてこの学校に通わせてもらっている。
私立だけあって学校内は快適で居心地がいい。ちなみに茜と悠斗はボクに付き合って勉強していたら、ギリギリ受かるぐらいに成績が上がって、ダメ元で受験してみたら2人とも合格したらしい。高校も2人と同じ所に通えると分かった時ははしゃいだものだ。
茜とはクラスが違うので途中で別れて、自分の教室に入る。時間が早めなので、まだ人もまばらだ。真ん中辺りで後ろから2番目のボクの席に座る。
(覚えてるもんだなぁ…………。)
3年も通っていなかった学校だけど、不思議と自分の席順は覚えていた。でも――勉強はやばいかも……。
とりあえず教科書を開いて今日の予習を始めるボク。3年間のブランクはボクの学力に少なくない打撃を与えていて、昨日もちょっと予習したけど大分知識が抜け落ちてる。特待生を外されないためにも、しっかり勘を取り戻さないとっ!
暫くすると皆教室に入ってくる。顔見知りや友達に挨拶しつつも予習を続ける。皆懐かしいなぁ。悠斗は遅いけど遅刻かな…………。
「うぉーい 出席とるぞぉー。」
SHRの時間になって、柴田秋彦先生(通称シバセン)が入ってくる。シバセンはボク達2年C組の担任で英語の教師だ。なんというか物凄い脱力系で、いつも眠そうにしている。
そんなやる気の無さそうな先生だけど、生徒が困ったりするとさり気無く声を掛けてくれたり、だるそうにしながらも生徒の相談には親身に乗ってくれるから、意外にも生徒に人気だ。こういうのをツンデレっていうのかな…………ちょっと違うかな?
「あー、ねみぃー。 だりー。」
相変わらずゆるっゆるだなぁ。見てるだけでこっちの気が抜けてくるよ。
そんなシバセンの間延びした声で出席が取られていく。
「風守ぃー おーい。風守ぃー。あいつ、まーた遅刻かー。」
ついに悠斗の名前が呼ばれる。結局間に合わなかったなぁ。どうせ夜更かししたんだろうなあ……。
「白峯、しっかり風守連れてこいよぉー。 遅刻率多い生徒いると上から色々言われて面倒臭ぇんだわー。」
「いやいや! なんでボクなんですかっ!! 悠斗が朝起きないのが悪いんですよっ!」
理不尽な要求に断固反論するボク。高校が始まった頃は通学途中にある悠斗の家に立ち寄って一緒に行こうとしていた。20分一人で歩くのって以外に暇だしね。でも悠斗朝に弱すぎて全然起きないんだよね。
一回寝ぼけた悠斗を起こそうとして、無理矢理布団に引きずり込まれて1時間程抱き枕にされるという大事件があって、それ以来悠斗を起こしに行くのは止めた。結局その日はボクも遅刻して先生に怒られたし!
「白峯くん彼氏の管理はしっかりしなきゃ!」
「しろっちは風守くんのお嫁さんだからね。ちゃんと旦那を連れてこないとっ。」
クラスの女の子達が意地悪な笑みを浮かべながらこっちを見ている。
「だ、だ、誰が嫁じゃあああー!!」
「おーっ。 朝から白峯は元気だなぁー。」
他人事のようにそう呟くシバセン。誰のせいでボクが弄られてると思ってんのさっ!! シバセンがこっちに振ったせいでしょ!
「俺も白峯に朝起こされてぇ……。」
「きめぇって言いたい所だけど、朝あの顔に優しく起こされると俺も一日頑張れる気がするわ……。」
後ろでごにょごにょ言ってる男子生徒。聞こえてるよっ!! ていうかボクこっちでもこんな扱いだっけ?! なんか悲しくなってきた。
1限目が終わって先生が退出した後、男子生徒が一人コソコソと教室に入ってくる。
170センチ後半の身長に、彫りが深くて日本というよりは、若干西洋寄りの顔つき。髪は染めてないけど、ナチュラルブラウンの目に優しい色でスポーツマンぽく爽やかな短髪に纏めている。
風守悠斗だ。目ざとく見つけたボクは、朝理不尽な扱いを受けた文句を言うために悠斗に近づく。
「ねぇ悠斗……!?何当たり前のように席座ってんのさっ!!」
「おっ優希! おは、よ……う? な、何か怒っていらっしゃる……? 」
「悠斗が遅刻したせいでボクが散々弄られたんだよっ! どう落とし前つけてくれるのさ。」
「お、落とし前って……。」
久しぶりに悠斗を見た感想は懐かしさよりも、怒りの方が強かった。まったく遅刻するだけならまだしもボクにまで迷惑をかけないで欲しいよ。
「悠斗がちゃんとちゃんと時間通り来てれば、ボクの男としての尊厳は保たれたのっ! 」
「い、いや中学の学園祭で男の娘やらされたお前に、男としての尊厳なんてそもそも……。」
「…………」
ボクの無言の圧力で口を噤む悠斗。どうせ夜遅くまでネトゲしてたんでしょ。
「大体なんで遅れたのっ?」
「……い、いやぁー。 行きがけに産気づいた妊婦さんに出くわしてさ。 病院まで送って行ってたんだよ! 俺が居なかったら危なかったわー。 まじ危なかったわー。」
視線をあちこちにキョロキョロさせ、明らか棒読みのセリフを吐く悠斗。
ねぇ、悠斗くん……?
「……嘘つくならもう少しマシな嘘つけっー!!」
「頭痛が痛い」は一応誤字では無く、故意でやってます。