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第2話 ふえぇ…………女の子になっちゃったよぉ…………!!

 

 朝、小鳥のさえずりと柔らかいベットの幸福感に満たされながら目を覚ます。腕を目の前に掲げると、ライトブルーの袖が見える。全身を包みこむ柔らかい安心感。服装は召喚される前に着ていたパジャマかな……?


 

 寝ぼけ眼をこすりながら辺りを見渡す。3年ぶりの自室だ。殺風景で必要最低限のものとPCしか置いてない殺風景な部屋だけど、帰ってきたという重くて深いズッシリとした感動がボクを揺さぶる。気を抜いたら泣いてしまいそうだよ。


 そんなセンチな気持ちに浸りながら上半身を起こす。今日も男の朝特有の生理現象で股間がスースーする。これが恥ずかしいんだよね。生理現象で仕方ないとはいえ、ズボンはキツくなるし、腰が引けて前かがみになるし……。


 …………悟兄に見られでもしたら恥ずかしくて一週間は目も合わせられない。 うん。 



…………すーすーする?


 何かおかしくない?そういえば胸もちょっと苦しい。風邪かな?現実世界でも異世界でも風邪なんてほとんど引いた事ないんだけど……。


 一抹の疑問を覚えながらもベッドの上に置いてあるデジタル時計を見る。とりあえず時間を確認したい。


「もう6時半!? ぼーっとしてる暇ないや。朝ごはん作って、悟兄起こさなきゃ!」


 

 少し高く甘めの声が自分を叱咤する。白峯家の家事全般はボクが担っている。異世界で旅をしていた時も炊事や皆を起こすのはボクの役目だったから、現実に帰ってきてもそこまで違和感はない。


 実の兄の白峯悟がボクの作ったご飯を食べる事を想像して、少しニヤける。兄は本当に美味しそうにご飯を食べるのだ。作りがいがあるというものだよね。


 …………うん。今の声誰のだよ。自分の声を聞いて、いよいよ血の気が引いてくる。自分で言うのもなんだけど、ボクは頭が良ければ察しも良いほうだ。股間がすーすーする。胸が苦しい。自分のではないような高くて甘い声が聞こえる。脳が勝手に一つの仮説を立てる。そしてその仮説を実証するべく……。


 「あ、相棒…………?」


 ボクは、呼びかけるようにぽんぽんと股間を叩いた。


 普段の寝起きならば、「おう、なんでぇお前ぇさん!」と江戸っこもびっくりの気さくさと陽気さで、びんっとボクの呼びかけ答えてくれる相棒だが、何の返事も返ってこない。


 それどころか、今日は留守のようだ。散歩にでも行ったのかな。



 数分の硬直と沈黙。思考が定まらない。うん。股間がスースーして相棒が留守で、胸が苦しくて、声が甘くて高くてなんか変。



 「……ッッ…………」


 恐る恐る目線を下に向けると、乳白色の大きい何かに視界が阻まれる。その何かによる惨劇なのか、胸を止めるボタンが二つほど弾け飛んだ形跡がある。


 涙が出てくる。次から次へどばどばと。帰ってきた感動でも泣かなかったのに……。



 「うぅっ……ひっぐ……ぐすっ!!」


 涙が溢れて止まらない。感情が爆発しそうだ。なんなんだよ。なんなのさこれっ!!



 「優希どうした!? 俺の部屋まで泣き声が聞こえて来たぞ!!」


 慌てた様子でボクの部屋に駆け込んでくる悟兄。ちょっと過保護だけど優しくて真面目なボクの自慢の兄で唯一の家族。3年ぶりにそんな悟兄の姿を見たら、ボクのダムは決壊した。

 

「ふえぇぇ…………悟兄ぃ!! ぼ、ボク……女の子になっちゃったよぉぉぉぉ……!!」








 リビングでコーヒーをちびちびと啜りながら悟兄と対面するボク。3年ぶりで忘れてたけど、今日は日曜日だった。


 兄もボクも何の用事も無く、焦って起きる必要もなかったのだ。そういう訳で時間もたっぷりあったことだし、信じもらえるかわからないけど、ボクは今までの出来事を兄に話した。



 「俄かに信じがたい話だが、異世界に行ってたっていうのも、優希が言うのなら本当なんだろうな……。女の子になってしまっているのが皮肉にも話の信憑性を高めてる。」


 突拍子もない出来事に思わず苦笑い、といった様子で話す悟兄。兄はいつでもボクの言う事を真剣に聞いてくれる。それがどれだけ信じがたく、有り得ない事であってもボクの目を見れば嘘か本当か分かっちゃうのだそうだ。


 「色々苦労して、やっと帰って来れたんだよ…………。悟兄にとっちゃ寝て起きての7時間ぶりの再開かもしんないけど、ボクにとっちゃ悟兄に会うのは3年ぶりなんだ…………。」



 女の子になったショックか、帰って来て兄に会えた感動か、素直に信じてくれた兄への感謝か、それともそれら全部がごっちゃになっているのか、なんだかまた涙腺が疼いてきた。ぐすっ……。


 「そうだよな。お前と何も苦労を共有出来なかった俺が言っても、何の慰めにもならないかもしれんが、ほんとによく帰ってきてくれた。 よく頑張ったな優希。」



 ボクが小学生の頃に両親が無くなって、それからはずっと悟兄と2人で生きてきた。親代わりであり優しい兄である悟兄の言葉がボクを安心させる。ここがボクの家だ。家族だ…………。


 それから更に細かく今までの出来事を話した。女装させられていた事。変態どもを惹きつけてしまった事。魔王を倒したあと宝玉の願いで戻ってきた事。


 

 「悪い人達ではなかったんだけどね……。皆おばかだけど誠実で、仲間思いでさ。 ただほんと、どうしようもなく隙のない変態だったんだよ……。」



 数々の苦難を思い出して語るボク。魔王討伐の過酷な旅より、変態達の処理のほうが大変だったかもなぁ……。


そんなボクの様子を静観していた悟兄は、何かを悟ったような顔で口を開いた。




 「――優希。お前が女の子になったの、その変態3人の願いじゃないのか?」




 ………………?


  「い、いや、ローディって人は遊び半分な気もするけど、他の二人は優希の事明らかに女の子として見てるよな。 少なくとも勇者ベルリオーズって奴は完全に。 好きになった奴が男なら世間的に認められないが、女だったら自然なことだ。」


  「あっ……え? ふぇ……?」

  

  「これ言うと怒るだろうが、お前昔から男とは思えない程可愛い容姿してるし、それだけ男の娘として見られてたなら、願いを叶えると言われて、お前の女の姿を夢想するのも望むのも無理のない事だと思うぞ。」

 

 コーヒーを飲んで一息つく。うん。パニくってたからかな。こんな簡単な事に気付かなかったなんて……。


「あ、ああ、あの変態達がぁ――――っ!!!」


 ボクの怒声がマンションに響き渡った。






 


   


 「これからどうしよ……。」


 女の子になっちゃって、どうやって生きていけばいいのだろうか……。途方に暮れるボク。


 「この際女の子になってしまった事は仕方がない。なんとか元に戻る方法を探りつつ、日常生活を送るしかないな。」

 「そんなこと言われても……。」

 「一応大きく分けて2つ方法があるな。 女である事を隠して、白峯優希として今まで通り生きていくか、女としての戸籍を偽装して、白峯優希とは別の女子高生として生きるか。この2つだ。」


 戸籍を偽装とかそんな事出来るのだろうか……。いや、あちこちにわけの分からんコネクション持ってる悟兄なら出来るんだろうなぁ。出来ないと言わないだろうし。


 「優希。お前の人生だ。厳しいようだがお前の生き方は自分で決めろ。」


 厳しいようだけど自分で決めなくちゃいけない事だから、悟兄の言う事はもっともだ。言うまでもなく、ボクの答えは決まっている。


 「必死の思いで女装地獄から帰ってきたんだ! ボクは男として生きるよっ!!」


 「…………そう言うと思ったよ。」


 悟兄にも答えが分かっていたのだろう。さもありなんという顔をしている。


 「身長縮んじゃって胸も出てるから、ちょっと上げ底の靴用意してサラシも買いにいかなきゃなぁ……。 あっ、あと髪も切らなきゃ!」


 色々考えてると気が晴れてきた。ボクはいつも兄に髪を切ってもらっていた。人に髪切ってもらうのって気持ちいいよね。今から切ってもらえないかな…………?


 「女性化してなくても、その髪だけで女の子に見えそうだからな。 よし、俺が切ってやる。ちょっと待ってろ。」


 ちょっと失礼な事を言いながらも、ボクの意図を汲んで散髪の用意をしに行ってくれる悟兄。しばらくすると準備が出来たようでボクを呼ぶ声が聞こえる。


 「よーし。準備出来たぞ。優希ここ座れ。」


 兄に言われた通りに、簡易散髪台に座るボク。久しぶりの散髪だ。というか魔法で無理矢理伸ばされて3年間。やっと髪を切れる!


 「ショートでワイルドな感じでお願いっ!」

 「おーけー。」

 

 要望を聞いてイメージが纏まったのか、兄の散髪ばさみがボクの黒髪に通る。


 ――カキンッ



「「えっ……?」」


 いや、通らないわコレ。カキンって言ったもん。はさみ折れたもん。駄目だコレ…………。


 多分師匠の呪いが残ってる!!魔王討伐の道中で髪型だけでも男らしくとばっさりショートヘアーにしようとした所をローディ師匠に見つかって、髪に呪いを掛けられたんだよね。


 曰く、切ろうとするものを完膚なきまで破壊する魔法。やたら高度な複合魔法が使われてるから、ボクの解呪魔法でも解けなかったんだ…………。



 そのまま悟兄の方を見ると折れたと思ったはさみは粉々になってる。


 「俺の愛用のはさみが……。」


 ショックを受けている悟兄。ごめんよ……ボクの髪のせいで。 でも変だな。呪いや加護ってのは、組んだ術式に魔素が呼応して起こるものなんだよね。


 ――つまり地球にも魔素があるってこと?もしかして……。


 「其は純白の光 願いを糧に――顕現せよ 魔力解放  」


 魔力回路を開いて魔法を使えるようにする呪文――魔力解放。暖かい、魔力の光がボクを包み込む。それと共に周囲のマナに敏感になる。やっぱり…………大気中にマナが存在している…………。



 兄がぽかーんと口を開けている。魔力を持たない人にマナは見えないから、兄から見たらボクは、いきなり厨2な詠唱を始めたただの痛い奴に見えてるはずだ。


  「お、お前……優希……それ、その格好……。」

  「っへ……?」


  口を若干抑えて、俯き気味の兄。ボクにドン引きしてるのかな……。格好?朝パジャマから着替えたからチノパンにギンガムチェックのシャツっていう至って無難な格好してると思うけど。


 まぁ女の子になっちゃたからちょっと袖余ってるけどね。ははは…………。そういってボクは目線を落とした。


 その先には。薄桃色で絹のような手触りの膝丈上の清楚なカジュアルドレスに白を基調としたフード付きケープ…………。



 「にゃ、にゃ、にゃんでこうなるのおぉぉぉ――!!!!」



 「これは、変態もまとわりつくわ…………。」



 顔を赤らめながらも、呆れた様子で悟兄がつぶやいた。


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