第14話 学校での日常
日常編です。
悠斗が魔力を感じれ取れるようになって数日が立った。修行は概ね順調。悠斗は無事全属性の闘魔法を発現し、未熟ではあるが、魔力を纏って身体強化をする術を身につけた。
まだまだ実戦で使える段階ではないので、暫くはボクと組手をしながら力の使い方を覚えていく形になりそうだ。
それにしても悠斗はすごい。部活にアニメ、ネトゲに魔法訓練。ボクじゃ絶対両立出来ないよ。
そんな事を考えながら学校へ向かう。今日は金曜日。いつもより少し遅めの登校だ。最近悟兄の仕事が忙しくて夜遅くに帰ってくるので、それに付き合って起きているボクも寝不足なのだ。
遅めの登校といっても、朝のSHRには20分程余裕がある。
最近は朝にがっつり予習しなくても授業についていける程度には勉強の感も戻ってきたので、これぐらいの時間に登校してもいいかもしれないね。
そんな事を考えていると学校に着く。門を潜り、登下校時間は空きっ放しの自動ドア式の玄関を通る。
上履きに履き替え、2回の奥に位置する自分の教室に向かう。教室へ入る直前、ボクを呼び止める声があった。
「おー。白峰―。」
柴田秋彦先生、通称シバセンだ。ボク達の担任兼囲碁部の顧問。草臥れたスーツ姿。
男性にしては少し長めの、無造作に跳ねた癖っ毛。気怠そうな半眼。伸びっぱなしの無精ひげを擦りながら、こちらに向かってくる。
「柴田先生っ。 おはようございますっ。」
「あー白峯。今日部活やるから付き合えー。」
いきなりだなぁ。シバセンは囲碁部の顧問。そして囲碁部に所属する部員は一人。つまりボクだけだ。 本当は5人以上いないと部活として存続しないはずなんだけど、何故か残ってる。
実はボクと悟兄は子供の頃父さんとよく碁を打っていたので、そこそこ碁を打てるのだ。両親が亡くなった今でも、囲碁は好きなままで、鞄の中に詰碁集を忍ばせていて、暇な時に解いていたりする。
高校に入って間もない頃、沢山友達を作ろうと息巻いたはいいものの、引っ込み思案が祟って上手くクラスメイトとコミュニケーションが取れなかった時、よく詰碁で休み時間を潰していた。
そんな時に声を掛けてきたのが、シバセンだった。シバセンは当時から囲碁部だったけど、3年が卒業して部員が居なくなってしまったのだ。
このままだと楽だった囲碁部の顧問を外され、面倒な部活の顧問をやらされると恐れたシバセンは、無理矢理ボクを囲碁部に入部させ、5人規定の校則もいつの間にか何とかしていた。
その結果、シバセンが気が向いた時にボクが呼ばれて、寂れた部室で緑茶を啜りながら碁を打つというなんとも奇妙な関係が生まれたのだった。
「また急ですね……。 ボクにも用事がっ!」
今日は悠斗が部活で放課後空いてるけど、いつでも暇だと思われるのも嫌だからね。男は舐められたら終わりだよっ。
「茶受けに、文鎮堂のカステラあるぞー。」
「行きます……!!」
いや、文鎮堂のカステラはずるいよね。……老舗和菓子店の看板商品だもん。誰でも靡くよ。
シバセンと放課後の部活の約束を取り付け教室に入る。シバセンは碁めちゃくちゃ強いし、打ってて楽しいんだけど、部活絡みで仲良くなったせいか、HRとかで弄られるのが嫌だ。
皆の前で注目されるの恥ずかしいんだよね。異世界で散々見られたけど未だに慣れない。そんな事を考えながら自分の席に荷物を置き、後ろを向くと……。
「っよ!!」
「悠斗!?」
悠斗がボクより先に学校に来ている! 奇跡だよ。つ、ついに心を入れ替えたのかな。いや、またネトゲで徹夜したんだろうなぁ。
「悠斗またネトゲで徹夜?」
「んにゃ、最近あんまネトゲやってねぇからな。 それで寝るの早いんだわ。」
悠斗がネトゲをやってない!? 深夜アニメも観てないのかな!? どうして急にっ!? 今日は驚かされっ放しだよ。
「一体どういう心境の変化なのさっ。」
「ちょっと思う所もあってさ。」
「思うところ?」
なんだろう?アニメとネトゲは悠斗にとって最優先事項のはずだ。ファンタジー大好き。オタク文化大好きっ子なのだ、悠斗は。
「まぁ、いいじゃないか。 おかげで遅刻せずに来てるんだし!」
「そ、そうだね……?」
なーんか釈然としないなあ。でもまぁ悠斗が遅刻しなくなった事は良い事だよね。
出席日数足りなくなって留年とか洒落にならないし、ボクが弄られる回数も減るし。けど何かあっさりしすぎてるよね。
「あっ!! 猫耳のおっさんはどうしたの? 結構入れ込んでたじゃんっ!」
思い出したよ。ネトゲで知り合った姫花さんだっけ? メルアド交換したってあんなに喜んでたのに、ネトゲもinしなくなったら、疎遠になっちゃうんじゃないのかなあ。
「いや、女子大生の姫花さんな。 めちゃくちゃメール来るんだよな。 向こうから。」
「……? 良い事なんじゃないの?」
おっさんだろうけど、悠斗は女子大生だと思ってる桃花さん。頑張って自分がメルアド聞き出した子から積極的にメールが送られてきたら嬉しいもんじゃないの?
「いや。そのメールが怖えんだよ……。 最初は普通にメールしてたんだけど、最近は今日は何したとか、何食べたとか、今どこにいるとか、分刻みで送られてくるんだよな。 律儀に返してんだけど、なんか怖くなっちゃってさ。最近は無視してる。 ネトゲinしなくなったのはそれのせいでもあるかな。」
「…………。」
ひぃぃ。怖いよヤンデレさんだよっ!おっさんがそんな事してると考えると恐ろしい。
もしかしたら本当に女の子なのかも。でも悠斗からメルアド聞いたんだから、メール無視するのはちょっと失礼じゃないかな。不誠実というか。
「悠斗からアタック掛けたんだから責任持ちなよ。」
「…………それを言われると耳が痛いな。」
でもあんまりサイコな感じだったら、ボクも逃げちゃいそう。悠斗も何時になく神妙な顔してるし。
「やっぱ現実に猫耳天然ボクっ子はいないのかもな。」
「悠斗……。」
悠斗がすごく落ち込んでいる。いつも明るいあの悠斗が。
ボクにとっては本当にどうでもいい事だけど、悠斗にとっては今回の1件で理想の女性像が壊されたのかもしれない。
そう考えるとちょっと心配になってくる。早く立ち直ってね悠斗……。
「ボクっ子魔法少女ならいたんだけどな。」
「…………。」
もうどうでもいいや。
「そろそろカラオケ行っとかない?」
昼休み食堂で皆でご飯を食べていると、茜がそう言い出した。ボク達は3人でよく一緒にカラオケに行く。
3人とも気を使わなくていい友達だから、流れとか気にせずに各々好きな曲を好きな時に歌うというカオスな空間になるのだけど、これが楽しいんだ。
「いいねっ。行こう行こうっ!! いつ行く?」
誘われるとめちゃくちゃ行きたくなって来た。久々のカラオケだよ!
「俺は部活のある日以外はいける。って言いたいんだけど、ちょっと最近野暮用あるから、難しいかも。」
あぁ、そう言えば悠斗は空いてる日無いじゃん。部活の日は無理だし、それ以外の日はボクとの魔法訓練で放課後が埋まっている。それに付き合ってるボクも当然無理な訳で。
「あははっ、ボクもちょっと忙しいかも……。」
「あれれ? 2人とも連れないなぁ~。 同時に彼女でも出来たかなー?」
冗談っぽく言ってるけど、少しショックを受けた様子の茜。そりゃそうだよね。こんな曖昧な断り方、2人して茜とカラオケに行きたくないって言ってるようなもんだもん。
「い、いや皆で遊びには行きたいんだよっ? 茜……?」
「いいよいいよ。 皆そうやって大人になっていっちゃうんだねぇ~。」
あぁ、茜ちょっと拗ねてる。いつも元気で真っ直ぐな茜だけど、こういうモヤモヤとはっきりしない返答をするとストレスが溜まるみたいだ。ご飯を食べるペースが上がってる。
「あ、茜っ!! 次の日曜日一緒にカラオケいこっ?」
悠斗無理だろうけど、とりあえずボクだけでも一緒にカラオケに行こう。そう考えて茜に提案する。
「おお? いいの?」
きょとんとした様子の茜。さっき忙しいって言っちゃったからね。でもこのまま茜を放っておいて、ボク達の友情にヒビが入るのは嫌だ。
「茜と遊ぶほうが大事だよっ!」
「ゆーちゃん……必死な表情でそんなセリフ言われるとちょっとクラっとくるね。」
変な事を言い始める茜。でも少し元気を無くしていた顔が嬉しそうにぱっと華やいでいる。良かった。
「よし! じゃあ日曜はゆーちゃんとデートと行きますか! 風守は来れないんだよね?」
「……ん? あ、ああ。 日曜は練習試合があるからなあ。」
うーん。女の子のボクと連絡が取れれば、悠斗の自由な時間も確保出来るんだけど……。このままじゃどう考えても不便だよね。悠斗が可哀想だし。
「まぁ試合が早く終わるようなら悠斗も合流しよ? どうせフリータイムで6時ぐらいまで歌ってるからさっ。」
「おう。そうするわ。」
なんか悠斗がさっきから上の空だな……。一人だけ遊びに行けない事がショックなのかな。 何にせよ、何か連絡手段を考えないといけないな。