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幕間1 とある日の事

 


 雲一つ無い晴天。天頂に登った太陽が、ぽかぽかと暖かい陽気をもたらすお昼時。


 

 王都の中心に位置しながら、人通りが少なく、ゆったりと羽を伸ばして寛げる公園。その公園の中心に位置する《女神の噴水》の手前に拡がる芝生に一人の男が大の字で寝転がっている。


 


 昔は活気があって別の意味で良い広場だったのだが、有名な除霊師の「この公園には悪魔が取り付いている」という発言により人が寄り付かなくなって久しい場所。


 男は人混みが嫌いで、以前から公園や出店通りなど、人気のある所へは寄り付かなかった。


 噂があろうと無かろうと公園のような場所に来る事は無いと思っていたのだが……。


 ――ここの公園の芝生の上で昼寝するとね、すっごい気持ちいいんだよっ!


 男の友人が、満面の笑みで顔を惚けさせてそう言うものだから、一度来て見たのだ。



 するとどうだろうか。何の遮蔽物も無く開放的な空間。優しく暖かな陽気に優しく包み込まれる。 噴水から湧き出る水が小さな飛沫となり、どこかひんやりとした心地良さもある。 


 芝生の上に寝転がると、柔らかい草木がそっと体を覆う。天然の布団だ。目を閉じると鳥やセミ達の鳴き声が聞こえ、それを子守唄に男は微睡んでいた。


 


 (……確かに悪くないな。癖になりそうな心地よさだ。)


 夢見心地に男はそんな感想を抱く。


 厳しい旅路からの久しぶりの帰郷。この所戦い続きでロクな休息が取れていなかったためか、男は程なくして深い眠りついた。


 



 ……どれくらいたっただろうか。爽やかな一陣の風が男の髪を揺らす。


 「やっぱここだった。」


 声変わりをまだ終えてない、どこかあどけなさを残している、柔らかい声が男を起こした。



 「あぁ……ユウキか。」

 「昨日ここ教えた時に、興味持ったみたいだったからね。 クッキー焼いてきたけど食べる?」


 


 そう言いながら横に座る少年。声同様にどこかあどけなさを残した彼の顔立ちは、女性のような服装も相まって、年頃の可愛らしい少女のようにしか見えない。


 

 「……今日は先生と訓練じゃ無かったのか?」

 「まだ寝ぼけてる……? 訓練は昼まで。今もう夕方じゃんっ。」


 

 随分寝ていたものだ。自分が居ないのを心配して探しにきてくれたのだろうか?体を起こし、少年と対面する男。 大きなアクビを一つし、そのまま少年が持ってきたクッキーに手を付ける。


 


 ……美味い。サクッと口の中でとろけるクッキー。 新鮮な卵と牛乳、それが素朴だが癖になる味付けで上手く焼き上げられている。 


 噛む度にバターの香りとほのかな甘味が口いっぱいに拡がり、幸せな気持ちになる。


 

 「ほんとは訓練の後、師匠のマナー講座があったんだけど、嫌で抜け出して来ちゃった。」


 


 ペロっと舌を出し、悪びれの無い様子でそう言うと、少年もクッキーに手を伸ばす。


 

 「男の娘も大変ですな。」

 「……男の娘言うなっ!!」


 

 男のからかいに頬を膨らませ抗議する少年。だが顔に迫力が無いせいか、クッキーの食べかすが口の回りに付いているせいか、如何せん迫力がない。



 「そもそも師匠は厳しすぎるんだよっ! このまま躾けられていたらほんとに女の子みたいになっちゃうよ……。」


 

 先程座る時に芝生の上に置かれたハンカチ、そこに綺麗にスカートのシワを伸ばしながらちょこんと膝を抱えて座っている少年。


 

 食べ方こそ子供のようだが、その所作は一つ一つは女性らしさがにじみ出ている。


 

 (もう既に手遅れかもな……。)


 

 男は苦笑いを浮かべながらそう思う。目の前の少年、ユウキ・シロミネとはもう2年近くの付き合いだ。 彼は国を、世界を救う希望《純白の乙女》として、この国へ召喚された。


 だが、彼は男であった。男にしては身長が低く、声が可愛らしくて、目鼻立ちも少女然としていたが、それでも男に変わりは無かった。


 

 迫り来る魔物の脅威に、世界は困窮していた。 《純白の乙女》は多くの民にとっての希望であり、一部の人々にとっては最後の希望であった。


 

 それが乙女ではなく男が召喚された。そんな事実がいたずらな不安を呼び起こす事を恐れた国はユウキを少女へ仕立て上げた。彼の容姿を利用し女装させたのである。

 


 ユウキはもちろん嫌がった。だが女装の有用性、必要性を説明すると次第に渋々といった様子であるが受け入れるようになった。


 それから彼の《純白の乙女》としての修行と、女を磨く事の修行が始まった。


 ユウキは民の前では女口調で、もっと洗練された優雅な仕草で振舞う。それは彼の魔法と女性としてのマナーの師――ローディの厳しい訓練の賜物である。


 

 ユウキ自身も自分の女らしさ、《純白の乙女》としての所作が民に希望を与え、安心させる事を理解していた。だから師の教えに従い、女性としての振る舞いを身につけたのである。


 

 だがそんな彼にも休息が必要だ。隣に座る、銀の長髪を後ろでひと結びにした見た目麗しい男――ベルリオーズは、ユウキが《純白の乙女》としてでなく、ここへ召喚される以前の白峯優希として接する事が出来る、数少ない友人の一人であった。


 

 

 「大体今日は、パーティーマナー教えるって言うんだよっ!? 師匠ってばまたボクを精霊祭に放り込もうとしてるんだ!!」



 

 精霊祭とはこの国で定期的に催される、王族や上流貴族の懇親会のようなものだ。年頃の若い娘や、力のある若者のお披露目会のようなものだ。ここで顔合わせを行い、仲を含め結婚する男女も多いという。


 その中にユウキが放り込まれると、彼は所謂「年頃の若い娘」に含まれるだろう。



 「先生にも何か考えがあるんじゃないのか?」

 「いやいや、師匠はボクが男の人に言い寄られるのを見て楽しんでるだけだよ……。」

 「お前の慌てる顔は面白いからなあ。」

 「もーっ! ベルまでそんな事言う!!」



 確かにユウキの慌てる姿は見ていて面白い。元々懐いた人達意外には、引っ込み思案で内気な性格の少年なのだ。


 そんな彼が見ず知らずの男に言い寄られる。慌てつつも、はっきりと拒絶出来ずにあたふたするユウキの姿が、ベルリオーズの頭によぎった。


 「なんかニヤニヤしてない?」


 「なんでもねーよ。」


 

 目ざとくベルリオーズの変化を見つけたユウキ。それに表情を取り繕い、そつ無く返事をするベルリオーズ。また拗ねられても面倒だ。彼はそう思いながら、ユウキの頭をくしゃっと撫でる。


 

 「ちょ、ちょっと子供扱いしないでよっ。」


 

 少し納得のいかない様子のユウキであったが、頭を撫でられる気持ちよさに次第に目を細め、表情を和らげる。


 

 頭を撫でておけば、小さな事は大体誤魔化せる。ちょろいヤツだ。だがコロコロ変わるその表情や純粋な仕草は犬のようで可愛いとも思う。


 

 ベルリオーズはこの国の勇者であった。幼い頃に教会から信託を受け、国を守る勇者として選ばれた。それ以来彼は、特別であった。


 少年と呼ばれる年頃から大人に混じって剣を振り、鍛錬に明け暮れた。同年代は愚か、彼と親しくするものは一人もいなかった。


 勇者としての特異性、優れた力への畏怖や嫉妬。尊敬や崇拝。 様々な勝手な解釈が混じり合い、彼は常に一人を強いられた。



 街中で出逢えば、女性には黄色い声を、男には尊敬の眼差しを向けられる。だが、誰も寄り付こうとしない。ベルリオーズはそんな孤独で満たされない、空っぽの自分が嫌であった。


 そんな自分が嫌で明るく社交的な外面で自身を塗り固めていた。


 

 ……ユウキは彼にとって始めての友人であった。旅の途中で打ち解け、遠慮なく自分を慕ってくる、対等の立場で自分と接するユウキは、彼の心に大きな安らぎを与えた。



 ユウキと触れ合う度に、孤独に凍った心が、暖かく溶きほぐされていくように感じていた。



 「今日は訓練所にダンガンもいてさ、模擬稽古もして疲れたよ~」


 

 頭を撫でられながら、ふにゃーとだらしなくベルリオーズに体を預けるユウキ。ダンガンとの稽古は疲れるだろう。ガハハと豪胆に笑い、大雑把な性分、獣のような髭面のダンガンは王国1の前衛力を誇る騎士だ。


  

 

 彼は体が大きく、力が強い。足は遅いが立ち回りが上手いので、いつの間にか狭い場所に追い込まれ、機動力を奪われる。 頭が悪そうな男であるが、事戦闘に限っては割と理にかなった動きをするのだ。



 「なんかダンガンと稽古してると、やたら寝技に持ち込まれるんだよねぇ。 すっごい疲れる。一回捕まったら、当分離してくれないし。」


 「ダンガンに転ばされたらもう無理だろ。さっさとギブアップすればいいじゃねーか。」


 「うぅっ……。 悔しいんだよぉ……。 同じ男としてこうもあっさり負けちゃうのがさぁ……。」


 

 悔しそうのそう呟くユウキ。しかし無理なものは無理だ。生物学的に同じ性別でも、一人は男の中の男のような熊男。もう一人は、その辺の町娘より華奢な少年なのだ。



 「悔しいから、ダンガンにはクッキーあげないんだっ……。」


 

 少し不機嫌そうなユウキ。ダンガンの男らしさに嫉妬しているのだろうか。



 「ボクを敵に回すと美味しいものが食べられないんだからね……!」

 


 続けてそう自信気に呟く。しかしその悔しさも今日のうちに忘れて、明日には今日の残りのお菓子をダンガンに届けるのだろう。怒りが持続しない奴なのだ。


 「そいつは恐ろしいなぁ。」



 立ち上がって両手を胸元で握り込み息巻くユウキ。ベルリオーズはそんな少年を微笑まし気に見つめる。こんなさり気ないやり取りが自分の欲したものだったのだ。



 

 ――カサッ



 草木の揺れる音がする。



 後ろにゆったりとした草臥れたローブを羽織った老年の男、ユウキの師――ローディが立っていた。



 アクの強い悪人顔を、さらに意地悪く歪ませて、口元に人差し指を当てているローディ。



 (あぁ、ユウキ……。 見つかっちまったなぁ……。)



 ベルリオーズはローディの接近をユウキに告げる事はしない。その方が面白そうだと思ったからだ。ユウキがローディに首根っこを掴まれ、じたばたと抵抗する姿を想像すると自然に笑みが漏れる。


 

 「ベル嬉しそう。なんかいい事でもあった?」


 「あぁ、そうだな。」



 少し日が傾いて暖かなオレンジ色が芝生を照らす。気持ちのいい夏の香りが、風に運ばれ、彼等を優しく包み込んだ。


異世界の過去話です。ユウキが例の会話を聞くはるか前。ベルがユウキに恋愛感情を抱く前のお話。

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