プロローグ
処女作、初投稿です。
異世界イェーンザイツ――その世界はヨーロッパ中世期のような世界観で、現代社会のように便利な機械、文明の利器などは存在しない。代わりに魔法という概念が存在していた。 大気中に溢れるマナというエネルギーに自分の魔力で指向性を与える事で、人は火を起こしたり、水を生み出したり、風を吹かせる事ができた。
この世界に暮らす人々は大きさの違いはあれど、皆一様に魔力を所持しており、日々の生活において《魔法》という概念は大きな助けになっている。イェーンザイツの人々は慎ましくも穏やかで、ありふれた幸せを享受し日々を過ごしていた。
だがそんな日常は、ある災厄と共に突然崩れる事となる。
この世界では国同士の大規模な戦争が勃発する事は無かった。何故か?それは、人類という種族に対して共通の外敵が存在したからである。
デモン――我々の認識ではゲームなどに出てくる、所謂魔物。彼等は力が至上の種族であった。強いものが偉く、弱いものは虐げられる。そんな彼等が強くなる方法は、魔力を吸収する事であった。
しかしデモンという種族にはこの世界の全ての生き物が有するはずの、大気から魔力を吸収する機能が備わっていなかった。彼等は生命体の中で循環する生きた魔力しか体内に取り込む術を持っていなかったのである。
故に、デモンは生命を持つ全ての存在を襲った。特に人類は、魔力保有量、質共に他の生物に比べて優れていたので、好まれた。 食され、繋がれ、寄生される。様々な方法でデモンは生命から魔力を吸収し、自身を強化した。
人類は国同士手を取り合って、デモンの脅威に対抗した。だが時を経る毎に、着々と強化されたデモンは次第に人の手に負えない化物となりつつあった。
デモンのこれ以上の勢力拡大を恐れた各国は、大国シュルツ帝国に保管されている神器、神の宝玉に希望を託す事となる。
神の宝玉は、一度だけ場にいる者の願いを叶える神器であった。この神器を所持している事によって大国となり得たシュルツ帝国は、神器の使用に消極的であった。神器は願いを叶え終えると、無くなる。また神器を使わずに装備する事で莫大な戦闘力を得る事が出来る。神器を使用する事は、シュルツ帝国を支えている政治力、軍事力の両方を失う事を意味していた。
シュルツ皇帝は神器の使用に躊躇していた。だがこのままではそう遠くない未来、人類はデモンに食され、摂取される家畜となるだろう。 元々気が強くはきはきと決断力のあったシュルツ3世であったが、如何せんこのような重荷を背負うには若すぎた。
自国の利益と人類の未来、その板挟みに苦しんだ皇帝は次第に衰弱していった。
そんなある日、シュルツ皇帝の元に異国の指南役が訪れる事となった。タキシード姿にギンガムチェックの奇抜なシルクハット、ひょろりと痩せぎすな格好で慇懃な礼を取るその男は胡散臭かった。
だがその男の政治観や商業センスはずば抜けたもので、神器に依存したシュルツ帝国は次第に、神器が無くとも商業的、政治的に自立した国へと成長していった。次第に異国の奇人は信用され、国の重役を任せるようになる。
もう神器が無くなっても大丈夫だ。
その考えに至った皇帝は、デモンを消滅させるという人類共通の願いを叶えるために、皇室の奥に隠された神器の元へと赴いた――
しかしそこには先客がいた。柱が影となってよく視えないが、何者かがそこに佇んでいた。ハッと息を呑む皇帝。
「国も人も――何かに依存するというのは、怖いものですねぇ……。」
少し間延びしているが、何故だか人を惹きつけるような声。月夜に照らされて浮かび上がったのは異国の奇人であった。
「……何をしている。」
皇帝は憮然とした態度で奇人に尋ねた。返答次第ではこの男を切らねばならない。そう考えていた。
「いやぁ……これはこれはぁ、皇帝陛下……見つかっちゃいましたねぇ……?」
慇懃な態度で帽子を取り腰を曲げる奇人。その帽子の中には、皇族しか隠し場所を知らないはずの神の宝玉があった。
「私は最早、この国に無くてはならない存在のようですねぇ……。 臣下も民もそして、あなたの家族さえも、盲目的に私を信じている。 宝玉の隠し場所、あなたのお母上が簡単に教えてくれましたよぉ……?」
「貴様――ッ!!」
「人は同じ過ちを繰り返します。宝玉の力に依存して生きてきたあなた方は、経済的、政治的な力を身につけていい気になっていたようですが、なんの事はない。依存の対象が私に取って代わっただけなんですからねぇ……。」
「貴様ぁぁああああっ!! 俺を――我が国を愚弄するかぁぁああっ!!」
丁寧な口調ではあるが人を馬鹿にしたような、奇人の耳障りな言葉が皇帝を激怒させる。鞘から引き抜かれた大剣が月夜の光を浴び、鈍く輝く。皇帝はシュルツ帝国随一の剣の使い手であった。だが――
「いやはや、この宝玉に秘められた戦闘力はあなたが一番理解されていると思っていたのですがねぇ……?」
勝負は一瞬で付いた。皇帝が接敵し大剣を振り抜く前に、剣は粉々に砕け、地面に叩きつけられ、いつの間にか奇人の足蹴にされていた。
「宝玉も手に入り、我々を強化する時間も十分に稼げました。もう幕引きとしてもいい頃合いです。ですがあなたには良くしてもらいましたし、感謝の証に木偶なあなたを、偉大な王にして差し上げましょう。 歴史に名を残すような、立派な、ねぇ……? 」
奇人が手にもった宝玉を皇帝に押し付ける――それと同時に異様な邪気が周囲に立ち込める。
「ぐあああああっ…………!!」
皇帝の叫び声が響き渡る。邪気は次第に皇帝を中心に収束する。
「あなた方が知っている宝玉の力は一部にすぎない……。 これは『神』の名が付くほど立派なものではないのですよぉ……」
邪気が収束した時、そこにはシュルツ皇帝であって、皇帝では無い――なにかが立っていた。 それを見て満足そうに微笑む奇人。
「それでは、行きましょうか…… 精一杯働いてくださいよぉ……?魔王様……?」
――その日シュルツ帝国は消滅した。そして魔王と名乗る存在がデモンを纏め、より組織的に人類と敵対するようになった。日に日に力を増していたデモンが組織的に襲ってくる。人々にとっては正に悪夢であった。そんな中――
世界地図南東に位置する小国――ツーナイグング国。不思議とデモンが寄り付かず、どこか平和で牧歌的な国。この国には古い言い伝えがあった。
世界が闇に覆われし時――
女神の加護を受けし純白の乙女――
異界より顕われん――
其の乙女、若き勇者と共に――
世の闇を晴らさん――
「本当に召喚の儀式をする必要があるのかのぉ……。」
「今は平和なだけで、直ぐにここにも奴等が現れますッ!!」
「そ、そうかのぉ…………?」
「王ッ!! 民も不安がっておりますッ! これは決定事項ですぞッ!!」
気乗りしない様子の王を急かす臣下達。やがて諦めたのか、王は自分の指を軽く切ると、足元にある魔法陣に血を垂らす。
その時――純白の閃光が世界を照らした――
最初の1,2話は異世界の世界観、現実へ帰るまでの経緯の説明になります。