表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/148

第47話 酒を飲むことの愉しさは

「いやいや、実に見事なものでしたよ。権門の格式というものですな」


 言葉とは裏腹に、アクセリは皮肉げな笑みで首を横に振る。肩まで竦ませるのだからお察しというものだ。周囲の面々も苦笑いだから、ラウリとしては笑い声の一つ二つを上げてみせる。


「ふん、やっぱりの。だから祝福せんのだ、儂」

「あれ? 爺さん、縁起物の銀細工で何か作ってなかったっけか?」

「ふんがっ!? どっどど、どうしてそれを!」

「おいおい、何だよ、教えろよクスター。何を見たんだ?」

「オイヴァ! 聞くなオイヴァ!」

「え? いや、器用なもんだったぞ? 俺も細工は好きだからよぉ」

「クスター! く、クスター!!」


 上等な酒ということもあり酔いは早めに回っているようだ。木卓の上には肉や野菜の他に焼き菓子の類も並べられていて、それはこの本部室以外でも同様となっている。第三王女親衛団の駐屯地は、本日、調練を中止しての大宴会だ。ラウリも呼ばれてやってきていた。


 名目としては二つある。一つは、先の出撃についての祝勝会だ。剣角騎士団に助力したものだったが、目標部隊へ打撃を加えることに成功している。クスターら馬賊騎馬隊を駐屯地に残しての出撃であったことも少なからぬ意味を持つようだ。兵士の心情の機微についてはラウリもそう詳しいわけではないが、やはり初陣の大勝利はクスターらの活躍が占める割合が多かった。“火撃”という異名が親衛団全体に対してでなくクスターらにのみ名付けられたことでもそれがわかる。


「ま、まったく……油断も隙もあったもんじゃないわい。土塗れになる毎日の合間で、細々とやっとったことじゃのに……」

「おう、そういや例の穴掘りってどうだったんだよ。あんたらの穴掘りってな地形変える勢いだけどよ? “蛇”の一匹や二匹はかかったのか?」

「不発だなあ。やるにはやったが、出番が回って来なかった。ま、埋め戻す作業も慣れたもんだけど」

「そりゃ残念だったなぁ」

「いやいや、後背にオイヴァらが支度をしてくれているからこそ、俺は“黒蛇”と速さを勝負する気にもなれたのだ。そこへ駆け込めばまず負けんのだからな。そうでもなければとてもやれんよ」

「はっは、団長殿は謙遜かい? どうだよ、俺とどっちが強かった?」

「駆け引きにまでいかず終わったから何とも言えんが……何かしら執念のようなものを感じたよ。五分での機動戦は御免という意味ではクスターと変わらんかな。次があれば任せるさ」

「黒蛇なぁ……勝てても勝ち切らせちゃくれねえだろうな」


 クスターはそう言うなり焼き菓子を放り上げ、口で受け止めてムシャムシャとやった。敵味方に噂される凄腕の傭兵部隊隊長……という仮面は、本当に仮面でしかない。クスターらは武名を誇る様子が皆無だ。彼らの心はもとより他の兵士たちと異なる。冗談や酔狂で馬賊をやっていたわけではないのだろうとラウリは思う。王国の権威に対して何ら尊崇の気持ちを抱いていないし、己の身命の置きどころも使いどころも兵士たちとはまるで違うのだ。


 マルコだ。馬賊の里についてはラウリは詳細を知らされていないが、マルコは三年間をそこで過ごし、他に類を見ない特別な騎兵隊を支配下においている。クスターらはマルコを王として仰いでいる。それはラウリも同じことだが、何かが違う。クスターらの態度にはベルトランに通ずる性質があるのだ。


(不思議なことはあるもの……か。その不思議を生む源は何だろうか?)


 親衛団の団員たちはマルコを優秀で勇敢な少年であると、アクセリ団長の唯一無二の副官であるとして尊重している者が大半だ。護衛団出身の者についてはその度合いが高まる。対馬賊戦にてクスターを射落とした事実を知るからだ。そして、護衛団時代にとある現場にいた者たちだけは、マルコを見る目に畏怖が混じる。


 その現場にはラウリもいた。護衛団の幹部は揃い踏みしていた。馬賊討伐を成し遂げた後のことだ。捕虜となった者たちを前にして、マルコは命の選択を強いる演説を行った。縛られた中にはクスターもいた。百名だけを選抜させ、残る百名余りを敗者の無惨に置き捨てる行為……それを説明する時のマルコは妖気すら発していたようにラウリには感じられた。10歳のマルコの姿だ。


「勝ちに乗じることは容易いものです。上手く敗れることの方が遥かに難しい。クスターの言う通り、バルセロ将軍は無様な負け方をしない人でしょうね」


 今、この場には14歳のマルコが微笑んでいる。白い頬が酒気に染まっていてどこか幼い。焼き菓子の中でも酒漬けの果実が乗ったものを気に入ったようで、手元の小皿に四つほど取り置いている。穏やかな姿だ。不思議も妖しさもそこにはない。


「ただ、今回の負け方はあまり上手なものではありませんでした。死兵を使いましたからね。アクセリの言う通り、部隊としての精神性には見るべきものがありましたが、戦術としては褒められたものではありません。途中で負傷したためでしょうね」


 いや、やっぱり不思議だ……そうラウリは思い直した。不思議も大き過ぎると小さな不思議が目につかなくなる。発言内容のどこに14歳の平凡があろうか。才気だけではない。どうして誰よりも帝国軍の将軍のことを知るのだろう。不思議は常に在る。


「ふむ。負け方の無様さで言えば、敵の騎士団は酷いものでしたな。戦い方も猫と虎でしたが」

「歴戦の勇たる剣角騎士団と比べても見劣りしない騎士団、となれば限られてきます。休戦期間に新設された騎士団であれば尚のことでしょう。あんなものですよ」


 ついと酒杯を口にして、焼き菓子にも手を伸ばしたマルコだったが、しかし触れるだけで持ち上げはしなかった。小さな吐息が音も無く散る。


「勝つことばかりを考えて戦う恐れ知らずは脆く危うい。大いに勝ちますが大いに負けもします。僚軍とした者は不幸ですね。災いの火種を抱えて苦しむことになる……バルセロ将軍は対陣した時点で逃げるべきでした。逃げられるものならば」


 それはどこか悲しげな口調に聞こえて、ラウリはマルコの顔を凝視した。視線は焼き菓子を見ているようで何も見ていない。指先が果実片をそっと押している。


「あるいは、紅華騎士団を囮にしてアクセリの千騎へ機動戦を仕掛けるべきでした。一個の脅威として在り続けられた方がこちらの被害も増えたでしょう。そうさせないために、歩兵隊には対騎兵陣を敷いてもらっていたのですが……彼もそれは察したかな?」


 ペリ、と果物片が取れた。マルコはそれをつまんで口に運ぶ。ラウリがふと視線を転じたならば、他の誰もがマルコに注目していた。アクセリも、オイヴァも、ヤルッコも、クスターも。その中でクスターだけがどこか辛そうな表情をしているようにラウリは感じた。口元は杯で隠れているが眉根に皺が寄っている。


 彼はマルコの不思議について何かを知っているのではないだろうか。ラウリはそう直感し、改めてマルコの様子を見やった。そこには辛い何物もない。マルコは土台の焼き菓子もパクリとやって、杯も呷った。相変わらずの微笑みがあるばかりだ。


「存在を明らかにする者は用心深くなければなりません。あの行禍原において、バルセロ将軍は柄にも無く目立ち過ぎていました。誰の挑戦でも受ける英傑のようでしたね。だから僕に嵌められる」


 これこそマルコだった。それは竜の笑みだ。ラウリは脳裏に竜と蛇との二つを比較する。どちらも戦いに巧みであるかもしれない。しかし規模が違う。手数の種類も違う。たとえ牙を剥く口の大きさが拮抗しようとも、地を這うのみの蛇に対して竜は空を飛べるのだ。身をくねらせるのみの蛇に対して竜は手足と爪とを持つのだ。戦に疎いラウリではあるが、その差は決定的に思えてならない。


「やっぱり、その紅華騎士団というのを誘き寄せたのって、マルコなの?」


 ラウリは聞いてみた。専門外のことではあるので、戦闘の詳細については聞いていなかった。マルコが重騎兵を、アクセリが軽騎兵を、ヤルッコとオイヴァが歩兵を率いて戦い、勝ったと知るばかりだ。それでも察するものはある。


「はい。剣角騎士団に依頼して、斥候に旗振りをしてもらいました」

「旗振り?」

「軍旗ですよ。特別に斥候に持たせてもらったのです。振り方によっては色々と意味を持たせることができるので、それで挑発を試みました。俗な方法ですけどね」

「へぇ……ちなみにどういう意味を伝えたの?」

「挑戦をば受けるぞよ、という感じですね。なるべく尊大な感じで振るようにお願いしましたから」


 ぞよ、という言い方が芝居めいていて、ラウリは思わず笑ってしまった。それが命のやり取りの勝敗を分けたのだとしたなら笑い事ではないのだが。


「そういえば我々も黒蛇殿と旗振りをしましたなぁ」

「それも挑発したの?」

「違います。ただ挨拶をしただけですよ。こう、手を振る感じで、やあやあとね」


 マルコとアクセリが共に首など傾げて手を振って見せるものだから、ラウリは噴き出してしまった。オイヴァも、ヤルッコも、クスターも同じように笑いの発作に襲われている。その内の誰が噴霧したものか、部屋には酒の甘い香りが強く立ち込めた。上等の酒は上等の香りがするものだ。


 それを見ていた訳でもなしに、外からも大きな盛り上がりが聞こえてきた。今日の駐屯地はそこかしこで存分に酒が飲まれているのだ。戦闘とは勝利しても犠牲を伴うものだが、その冥福を祈る気持ちもまた宴の空に舞っている。酒は人類の友なのだなあ、とラウリは妙に納得していた。


「ま、何にせよ勝って良かったぜ。負けるわきゃねえとは思ってたけどよ」


 クスターが言ったなら、アクセリ、オイヴァ、ヤルッコ、そしてマルコが不敵な笑みで応えた。そう、今回の勝利は親衛団が常時三千人規模となってから初の勝利でもあるのだ。


 ヘルレヴィ領軍とハッキネン護衛団とで混成された千五百人は新たな千五百人を迎えることで却ってよくまとまったそうだ。初陣により両国に知らぬ者とてなくなった白流旗がそれを後押ししたらしい。今や第三王女親衛団は武名を持つ戦闘集団である。白く長くたなびく旗は、既にある種の魔力を保持するに至っているのだ。


 増員された千五百人についても、親衛団の調練を受ける以前から優秀な人員が集められていた。親衛団の名声による効果もあったが、何より、ユリハルシラ侯爵による手回しがなされていたことが大きいという。ラウリの聞いた話では、王国軍から兵員を抽出する際に侯爵自身がかつての職場に姿を見せたそうだ。名目としては侯爵家所縁の軍幹部を身内の事情で訪ねたことになっているが、その直後に抽出作業が実施されたのだから分かりやすくはあった。


 しかし事情が事情だからなぁ……とラウリは思い、そして愕然とした。慌てて周囲へ呼びかける。


「ね、ねえ、皆さん! 大事なことを忘れてましたよ!」


 キョトンとする面々に、ラウリは宣言するしかない。この大宴会の名目の内のもう一つを思い出させるのだ。上等の酒も、肉も野菜も、焼き菓子も、全てはそちらの名目を主として贈られた物だ。アクセリはその輸送便と共に王都から帰還したのだ。そのアクセリまでが何食わぬ顔でいる。ラウリは両手を大きく上げて高らかに声を発した。


「この宴会は、ハッキネン男爵のご婚約を祝賀するものでもあったのです!」


 そう、ダニエル・ハッキネン男爵は婚約したのだ。妻に迎えることとなった女性は、ユリハルシラ侯爵の娘アマリアである。以前よりその動きはあったとのことだが、此度の剣角騎士団の戦勝が一つの契機となったようだ。ダニエルの働きにより親衛団が助勢し、それが勝利の要因になったとして評価されたのだ。これまでの功績もあって秋には子爵位への昇爵も内定したという。婚礼は昇爵後に執り行われるが、それに先立つ形で婚約発表が王都でなされた。親衛団からはアクセリのみが発表会に招待されたのだ。


 沈黙の時が流れた。驚きを共有してもらえたのかとラウリが見渡したならば、そこには震える面々が顔を赤くしていたのだった。笑いが爆発した。爆笑だった。ラウリは呆然とするよりない。マルコすらがお腹を押さえ、目に涙を浮かべて笑っている。


「知ってるし! んなこた知ってるし! 酔い過ぎだぜ、ラウリさんよ!」

「ラウリよお、それはあんまりだ、あんまりだぜ。最初の乾杯でそう言ったろう」

「俺は杯に口をつける度に男爵へお悔やみ……ゴホン、お祝いを念じていたのだがな」

「お前さんも中々に言うんじゃの。儂、お前さんだけはそういうんでないと信じとったが」


 口々にラウリへと言葉をぶつけ、ついでとばかりに酒を注いでくる。その度に流されるままに酒杯を呷る。呷らされる。ラウリは酔いに酔った。自分はそんなに変なことを言ったのだろうか、と気持ち良さの中にグルグルと考える。


「大丈夫ですよ。祝いの席であることに間違いはありませんから」


 マルコからそんなあやふやな慰めの言葉をもらいつつ、ラウリはクラクラする頭をしゃっきりさせようと外へ出た。井戸の水で顔を洗おうと思い立ったのだ。


 空は茜色に染まりつつあり、涼やかな風が頬を優しく撫でていった。気持ちのいい夜が訪れようとしている。駐屯地は方々で宴もたけなわだ。誰もが笑顔でいるから、ラウリも誘われて笑顔になった。いい風景だと思う。これもまた竜の見せる風景なのだ。天を行く竜も休み憩う時間があって当たり前だ。


 近くで乾杯の声が上がった。それはきちんとダニエルの婚約を祝していた。ラウリも唱和したところ、杯を持たされ酒を注がれた。いい男たちだった。大いに盛り上がった。


 しばらくして、ラウリは隣にマルコがいることに気付いた。幹部会は終わりとなったらしかった。また方々で乾杯の声が上がっていた。ラウリも唱和した。


 美味しい酒だった。ラウリはいつかの夜を思い出していた。あの日、書類仕事に疲れたラウリへダニエルが注いでくれた酒も、すこぶる美味しいものだったから。


 ラウリは王都の方角に杯を掲げ、その中身を飲み干した。素敵な宴の夜であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ