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第43話 いざや調練三昧の日々を

 強い日差しを受けて野に風となる。大気の清涼を覚えつつも見渡すこと広し。ひるがえる軍旗の敵味方は紅白の簡便な色で区別されている。あちらもこちらも共に千騎。手には槍を模した木の棒があり、その穂先は竹束の模造品だ。やや軽く戦意も乗せにくいが、しかし……アクセリは馬上に笑む。


 クスター率いる馬賊との再戦だ。アクセリばかりの話ではない。彼の率いる軽騎兵の中には元ヘルレヴィ領軍騎兵隊の者もいる。彼らにとってもこれは再戦だ。一度は命のやり取りをした間柄である。奮いたつものがあって当たり前だった。


「各騎、打つよりも駆け抜けることを心掛けよ! 次の丘を越えたら仕掛ける!」


 意図して緩めている速度を溜めに溜め、丘を下り坂としたところで一気に加速した。アクセリを先頭に右へ鋭く旋回していく。千騎が流星のように迫る先にはクスターら千騎の姿がある。右手やや後ろを並走していたのだ。


「貫け!」


 勢いのままに突き出した竹の槍先は、しかし何ものに当たることもなかった。アクセリの前方には視界が開けていた。クスターらが変化したのだ。前半分五百騎は加速して後ろにアクセリをやり過ごし、後ろ半分五百騎はアクセリら同様右へ旋回することで激突を避けたようだ。


 アクセリは二手に分かれた相手を素早く見定めた。クスターは前半分の中にいる。


「右手の集団を追う! 後列は迎撃用意!」


 クスターの用兵は速度の中に変幻自在を実現する。アクセリはそれに同様の変化で対応することを放棄していた。それでは錬度の差が露骨に表れると判断したからだ。以前の対決では対応しきれるものと油断したところに急変化の分離攻撃を貰っている。同じ過ちを繰り返すわけもない。


 後ろ半分であった五百騎に迫る。距離はジリジリと縮まっているようだ。アクセリら千騎の後ろにはクスターを含む五百騎がついている。奇妙な縦列ができた形だ。


「後列、僅かに減速しつつ背面斜形陣! 前列は最速で駆けるぞ!」


 アクセリは隊を分けた。後ろ五百騎には右上から左下へと至る斜線の隊形を取らせる。それは追いすがるクスターに右への旋回を誘いつつも勢いに蓋をするだろう。この相対速度では突破することは叶うまいという判断だ。


 自らは五百騎を率いて前方へ加速した。それと察してか相手も加速し、縮まりかけた距離がまた開いた。縮まり方が止まったのではない。開くのだ。何故ならばアクセリらの加速はごく短時間のものでしかない。馬列を左へ振って、逆に減速したのだ。


 今、この瞬間に、前方の五百騎は機動戦闘の間合いから外れた。それはアクセリが千騎でもってクスターの五百騎を相手にできるという意味である。


 アクセリの右手に斜形陣が駆けていく。広がってもその砂塵は小さなものであったが、それでも僅かに目を眩ませられたならいい。その間にアクセリはクスターの左手に並走して現われるのだ。そして右へ旋回して再び衝かんとする。もう分かれて逃れることは叶うまい。


 敵の目を眩ませての分離攻撃……そう、これはかつてクスターより受けた痛撃をアクセリなりに再構築した戦術だ。しかも瞬間的とはいえ相手に倍する数で当たることができる。決まれば決定的な被害を与えられるだろう。


 しかし、決まらなかった。


 斜形陣は機能し、前に退路はなかった。アクセリの旋回も鋭かった。しかしクスターら五百騎は開いた右側へとこれまでにない速度で駆け去ったのである。その先には前方の五百騎も駆けていて、再びの千騎へと合流して丘の上へと駆け上がっていった。


 アクセリは追えなかった。あの速度で丘を上がるための体力が馬に残されていなかった。速度を減じつつこちらも合流して千騎の馬列を流す。クスターらは馬を止めてすらいるようだ。しかしあちらは高所にあり、こちらは低所である。アクセリは逆落としを恐れて隊を止められない。


 そら、来た。


 恐るべき投槍のような逆落としが来襲する。アクセリの隊にはそれを振り切るだけの力がない。尻を向けて逃げても被害が出るし、分離してみたところでいずれかを狙われ崩される。被害を最小限に抑える舵取りが迫られていた。


「各騎、中隊単位での行動を用意せよ!」


 アクセリは逆落としに尻を向けて千騎を駆けさせた。相対速度を少しでも減らし、しかも殿の二百五十騎を用意して逆撃を狙う腹づもりだ。一個中隊に被害を収束させ、残りの三個中隊でその広がりを抑えるための打撃を行うのだ。


 その目論見は、しかし、クスターに読まれたようだ。


 クスターは隊を三つに割った。中央が被害担当の中隊へと襲い掛かり、左右が未だ充分に反撃の用意の整わない中隊へとそれぞれ向かう。先刻を逆にした状況だ。アクセリを含む先頭中隊二百五十騎がこの瞬間に間合いから浮いてしまった。今三箇所における彼我の戦力差は五十騎以上である上に追われる形だ。


「第四中隊、奮闘せよ! 第三中隊までは合流せよ!」


 アクセリは殿の中隊を囮とした。已む無き選択だ。そして三個中隊を右へ旋回させて相手の右側三百三十騎余りを狙う。こちらは合流して七百五十騎という数だ。倍であれば充分な打撃を与えられる。その戦果でもって囮とした中隊の被害を購うことを狙ったのだ。


 そしてその狙いは叶うことがなかった。クスターが隊を三つに分けたのは擬態だったのだ。三個中隊を狙うつもりなど初めからなかった。三つ首のどれもが殿の中隊を狙っていたのである。背後から、右側面から、左側面から、千騎による半包囲攻撃が為されて中隊は瞬く間に打たれていく。


 討つ、ではない。打つ、だ。この模擬戦では竹束の穂先が胴体か頭に当たれば戦死扱いである。落馬もまた同じだが、それはなるべく避けるよう注意されている。


 結局、殿の中隊は全滅することと相成った。そしてそれが切っ掛けとなり、後は敗北への時間を数えていくだけとなった。アクセリは様々に隊の生存と反撃とを画策したが、追われる形を崩すこともできないままに半数を打たれた。そこで模擬戦は終了である。クスターらの被害は数十騎に留まるものだった。


「参った。一当てしてやろうと思ったのだが」


 下馬したアクセリが言ったならば、クスターは大真面目な顔で答えたものである。


「いや、旦那は大したもんだったぜ。馬の質が同じならこうはならなかった」


 勝ち誇るどころか神妙な顔である。荒々しく精悍なその顔には敬意すら浮かんでいて、アクセリはそれに笑みを誘われて仕方がなかった。この馬賊の頭領にはどこか人好きのするところがある。


「やはり俺は振り回されていたか」

「ああ、それが最も安全な機動力潰しだからな。わかってたろ?」

「わかっていてどうしようもない、というのは難儀な話だ。動ける内にと勝負をかけてみても空振りだ。あれも馬の力かな」

「そうだよ。俺はずっと温存していたからな。狙い自体はうめぇもんだったが、あのやり取りを丘の上に逃げられちまったら旦那に勝ちはねえや」

「違いない。その後はもう、どう負けるかしか考えてなかった」

「そう考えたからああも長引いたし、こっちもそれなりに打たれたんだろ」


 そう言われて、アクセリはニヤリと笑った。打たれた数の十分の一しか打てなかったものだが、このクスターという男はその数をすら評価している。軽騎兵による機動戦闘への大きな自負があるからだ。それでいて嫌味を感じさせない。高い目標意識でもって今も精進を重ねている証拠だろう。


 しかも、と笑みを深くする。アクセリはこの頼もしい同僚に確認した。


「何やら慰められているような気がするが?」


 返答は先ず笑みで返された。ニヤリと男らしく笑んでから、クスターは言った。


「そりゃあ、そうだろ。慰めてんだから。俺がマルコ様に射落とされた時にゃ、誰も慰めちゃくれなかったけどな」


 互いに笑い声を上げてから、次の対決の形を打ち合わせる。クスターは間違いなく当代有数の軽騎兵戦巧者だ。アクセリは幾らでも学ぶことがあった。対決は随時休憩を挟みつつ、夜戦も実施するなどして、何日間にも渡って行われ続けたのである。


 一度としてアクセリは勝てなかったが、しかし、負けにくくなっていった。引き分けとも言える結果もあった。クスターから軽騎兵でしかできない多くを学びつつ、アクセリはそれをただ模倣するのではなくて、己の中にある様々な兵種の様々な戦術と絡めて発想していく。先の斜形陣も元は歩兵の陣組だ。


 引き出しの多さこそがアクセリの持ち味だった。それは敵を知るということであり、あらゆる状況への対処を可能とする。万能であることがアクセリの考える将の理想であった。決定力である必要はない。王の剣や槍になることではなく、王の分身と成り得ることを願っているのだ。例えばクスターは軽騎兵に長じるもののオイヴァやヤルッコを使いこなすことはできない。ダニエルのような戦場外の戦いも無理だ。しかしアクセリは全てを行える。王の見る大局を覗くことができる。


 彼は専門家でないことを短所とは捉えていない。しかしたった一つだけ、専門家に勝てない点があることも自覚していた。それは「速さ」だ。多くの選択肢を持つがゆえの短所である。それが恐ろしい敗北に直結することもあるのが戦場であり、最も顕著に影響が出るのが軽騎兵による機動戦闘だ。アクセリはそういう認識であったから、クスターと対決するこの機会を大いに利用していた。


 三度連続で軽被害に終わったところで、アクセリとクスターの模擬戦は終了した。陸水面の中では平坦とも言える丘陵地帯にて戦ったものだが、駐屯地へと戻ってみたならば、そこにはアクセリらと同様にボロボロとなったオイヴァらがいたのである。


「おう、遅かったなあ。こっちも今回は一度上がりだよ、上がり」


 オイヴァとヤルッコもまた、それぞれ歩兵を率いて陸水面で模擬戦闘を行っていた。アクセリらとは逆に、特に困難な地形を選んでの過酷な調練である。竹束剣で打ち合う以前に、行軍の段階で負傷者が出るほどの過酷さだったようだ。


「兵の目つきも変わったものだが、二人の人相もどこか男らしさを増したようだぞ?」

「嫌味にしか聞こえんわい」


 アクセリの軽口に不貞腐れてみせるのはヤルッコだ。どうやら強制的に酒断ちをしたようで、顔の血色だけはいつにも増してよかった。しかし後は服装も髭もひどいものだ。聞けば何度も土に埋まったらしい。穴を掘るどころか穴に潜むことすらし始めた、親衛団歩兵隊の面々である。


「皆さん、お疲れ様でした。いい調練になったようですね」


 そう微笑むマルコにしても、独自の調練を行ってきた。彼に近侍する九十九の騎兵……首に赤布を巻くその者たちを連れて、馬賊の残りの騎兵たちと激しい日々を送ってきたのだ。それはあるいは更なる赤布を選抜するための特訓なのかもしれない。アクセリは聞かずともそう考えた。


 誰しもが汗と泥と疲労とにベットリと体を汚している。水浴びは順番待ちだ。駐屯地全体が常に熱量を放出しているかのような気配がある。親衛団は今、その戦力を充実させるために時間を費やしている。


 ここには今、五千の兵が存在していた。


 第三王女親衛団として正規に運用が認められた兵数は三千人である。あの初陣を経て改めて増員、編成されたものだ。それは重騎兵二個中隊五百騎、軽騎兵一個大隊千騎、歩兵一個増強大隊千五百卒という編成となっている。白流旗を掲げる三千の兵力である。アクセリが名目上の指揮権を持つ者たちだ。


 残る二千とは、クスター率いる馬賊二千騎のことだ。彼らは今も体裁としては傭兵部隊であり、親衛団との契約は切れたものとされている。この駐屯地には親衛団の好意によって滞在しているだけであり、その経費については王国からは何の手当ても受けていない。強力な食客を抱えている形だ。


 書類の上では五千人規模の武力集団などこの陸水面には存在しない。三千人に増強された第三王女親衛団があるきりで、国庫が運営費用を負担しているのはその三千人分のみである。


 全ては秘めたる潤沢な資金によって支えられていた。


 マルコの資金源は複数あり、そのどれもが巨大な利益を生んでいる。一つにヘルレヴィ領内における護衛団の活動が生む利益。これには白透練の独占販売による利益や、物流を握ることによる利益もまた含まれる。一つに同領内およびチトガ大町におけるベルトランの非合法活動が生む利益。これには川賊としての強奪品をヘルレヴィ領へ横流しすることで得る利益や、純粋に強奪した金銭も含む。


 その二つを大きな柱として、他にも親衛団へ国庫から給付される正式な活動資金や、先の初陣におけるユリハルシラ侯よりの援助金などがある。戦果に応じた報奨金も出た。全ての管理を任されたラウリが悲鳴を上げるほどに資金は豊富だった。その気になれば一万を超える兵でも維持できるほどだ。


 この戦乱に向けて様々に活動してきた成果が、今、確かな力となっている。アクセリは充実感を感じて止まない。兵も、将も、金も、旗も、何もかもが揃っているからだ。この地に駐屯する五千人は、王国で最も恵まれた独立戦力であると言えよう。


 だから、マルコがその言葉を告げた時にも、アクセリはそれも当然だと思ったものだ。


「近頃、前線には妙に元気な蛇が出るそうです。ダニエルを通じてユリハルシラ侯から援軍の要請がありました。剣角騎士団の助太刀として騎兵を出します」


 戦いの夏へ。両国の部隊がしのぎを削る前線へ、命の火花散る行禍原へ。


 親衛団もまた参加する。それはごく当然の流れのように思えたのだ。

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