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第32話 過不足の無い一撃のみにて

 風は鳴り、土は響く。天は澄み切って高く、地は踏み蹴られてどよめく。


 クスターは槍を両手にしたまま、ツイと鐙の上に立ち上がった。曲乗りの類であっても馬を減速させることなどありえない。目の前に広がるのは行禍原の緩やかな丘陵地帯だ。全ての起伏が無意識にも戦術的な優劣で見て取れる。首を鳴らしてからグイと後方を見やった。


 白流旗をば長くはためかせ、五百騎が駆けている。誰も彼も見知った顔で、この日この時のために苦楽を共にしてきた仲間たちだ。クスターは風圧の中に笑む。応じるような笑みがそこかしこに現れた。さもあらん。自分たちは今、真の主の下に武人として奔ることを許されているのだ。倒すべき敵も……そら。


 五百の笑みの向こう側には翼竜の旗がひるがえっている。帝国軍の軽騎兵大隊、千騎。我先と急ぐ様は乗り手が前のめりになっていることで分かる。槍を持つ者はまだ分かるとして、この間合いで剣を抜いている人間は何を斬るつもりなのかといぶかしむクスターである。隊列も乱れてまるで競馬だ。


(ま、隊列に関しちゃこちらも見た目が悪いが……な)


 クスターら五百騎は数十騎ごとの塊となって駆けている。それぞれに蛇行なども織り交ぜて、全体としてはさぞかし無様に見えていることだろう……そう見えるように駆けさせているのだから。


(距離はこんなもんだろう。乱れ方もまずまず。だが、ちいとばかし馬が悪いか。もう少し走ってもらわないと困るんだがな)


 クスターがわざわざ立ち上がっているのは、目で確認しなければ速度の調整が難しくなったからだ。追いつきそうで追いつかない距離を保つというのも中々に難しい。調練の甘い敵が相手では気をもむ場面も多いクスターである。鼻先の人参として美味しそうに振る舞う必要もある。


 しかし、その労働の対価が目に見える形として近づいてきた。


 進路上に大きな壁のように丘が見える。傾斜は緩やかだが、長く、そして高い。そこへ至る両脇には小さく起伏があるから、天上から見下ろしたならばクスターらが原野の袋小路に飛び込んでいくように見えるだろう。広く地形を調べつつ進んできたが、中でも騎兵対騎兵戦で絶妙の地と認定した場所である。


「……よし、駆けるぞ!」


 宣言するなり、クスターは座って馬に拍車をかけた。風圧が一気に強まる。選び抜いた良馬を鍛え抜き、そこから更に選抜したほどの馬である。いざその気になったならば速い。及第点をもって良しとするが如きの馬とは違う。クスターは誇らしくそれを思う。自分たちのこれまでが、今、主の精鋭戦力として躍動しているのだ!


 平野と速度を変えることなく、五百騎は傾斜を駆け上がっていった。上がるにつれて右へと旋回し、丘に騎馬の群れの放物線を描いていく。空へと投じられたものが返って落ちてくるように……今、五百騎は槍の穂先のように隊列を鋭利にして駆け降りてくる。先頭はクスター。逆落としだ。


「構え!」


 クスターの目の前には、既にして味方が敵を打ち砕いている様子が広がっていた。両脇の起伏より現れて横腹に一撃したのは、それぞれ精鋭軽騎兵五百騎である。白流旗の珍奇な有り様を風に流しつつも敵千騎を突破、互いの位置を入れ替えるようにして起伏へと駆け上がっていく。残されるのは混乱した敵ばかりだ。


 もはや人馬ともに前後立ち行かず混乱の坩堝となったそこへ。騎馬という名の鉄と肉との林の中へ。


「行けや!!」


 貫いた。


 左右からの突破により大きく三つに分断されていたものを、縦一文字に切り裂いていく。速度を威力としたその突破力は重騎兵の騎馬突撃に優るとも劣らない。曖昧とした中を速く硬く鋭いものが貫通し、押し広げ、蹴散らしていく。クスターという名の切っ先の前には有象無象が分かたれるも、その両腕に振るわれる朱色飾りの馬上槍には湯気の立つ赤色が乾く間もなく塗り重ねられる。


「馬を捕れ! 人は討て!」


 今や帝国軍にとっての袋小路となったその出入り口に横陣を敷き、クスターは更に槍を振るう。西にクスターたち五百騎、東に丘、南北にもそれぞれ五百騎という包囲網は人も馬も逃すつもりがない。僅かに東へ馬が幾頭か逃げ去ったものの、帝国兵は半減するを待たず降伏を申し出てきた。


「死にたくなければ全裸になって地に伏せろ。手は頭の後ろだ。1人逃げればその周囲の十人を殺す。士官は名乗り出ろ。偽りあらば皆殺しだ。士官以外の発言は禁止する。これも周囲を殺す」


 実際に何十人かを殺めながら、クスターは帝国軍の武装解除を急いだ。縛り上げ、服や鎧をかき集める。馬賊稼業により仲間の誰もが慣れたものだ。


「わ、私は、帝国軍第二百八軽騎兵大隊副隊長のっ」

「隊長はどうした?」

「……討ち死にされた!」

「そいつの名を言え。死体を探せ。装備もだ。早くしろ」

「な……き、貴様! 貴様は戦の中の礼法をっ」

「黙れ。次に余計なことに口を開けばお前以外を十人殺す。急げ」

「……!!」


 伝令の早馬が駆け、それが戻る前に作業の一通りが終わった。後ろ手に縛った縄を肌色の人間たちに跨がせて数珠繋ぎに連ねた。馬は緩やかな袋小路の中に囲い込んだ後に、轡と鐙とをやはり縄で数珠繋ぎにしていく。また、それとは別にクスターを含む五百騎が装いを鹵獲した帝国軍軽騎兵のものへと改めた。掲げる旗は翼竜の印章。俄か帝国軍の出来上がりだ。


「よし、負傷者は引き取りに来た奴と代われよ。欠員についても同様だ。予備は百人しかいねえんだから、お前ら、怪我はいいが死なんようにな!」


 しばしの休憩を小隊や中隊の報告を受けつつ過ごすクスターである。そう待たず伝令と輸送要員が到着した。速やかに命令を下して東へと向かわせる。捕虜たちがヨタヨタと丘の陰に消えたことを確認してから、クスターは己の主の御前へと馬を進めるのだった。


「ぬるい連中でしたね」

「帝国の主力は南側へ展開していますから、まぁ、こんなところでしょう」


 赤布の九十九騎を従えて、黒髪碧眼の彼が馬上に静かな佇まいを見せている。マルコ。クスターに予感の痺れを与えること絶え間ない主だ。常と変わらぬ顔でいて、軽く持つ槍の穂先には一見したところ血はついていない。しかしそれこそがクスターの知る彼だった。点を穿って錐揉みにする独特の槍法は、刃に血を残さずとも柄に螺旋の赤を描きつける。クスターは笑みを抑えられなかった。


「次は頃合で逃がします。わかっていますね?」

「勿の論です。せいぜい帝国訛りで逃亡を勧めてみますよ、ええ」

「ん? そんな特技ありましたか?」

「ちょいとベルトランの野郎に教わりまして。里で酒盛りをした流れで、はい」

「……ああ、あの乱闘騒ぎですか。そういえば挑発されていましたね」

「俺のは言葉に真心ってのを乗せますんで、ああも腹の立つ聞こえ方はしません。あの野郎め」


 密かに主の前での決着を心に誓いつつ、クスターは己の任務を果たすべく馬を駆った。五百騎が後に続く。今し方の帝国軍軽騎兵隊に偽装しての移動だから、何とはなしに無様な速度と隊列とを意識した。戦意も腹の底に押し隠して、脳裏には敢えて緊張感のない想念を浮かばせる。お気楽な連中だったように感じたからだ。


 現在、クスターらは行禍原における第三戦目を半ば終えたところである。


 軽騎兵千騎と歩兵二千卒からなる帝国軍連隊三千と対決するに当たり、今回はクスターら軽騎兵千五百騎のみでこれを撃破する予定だ。先ずはクスターを含む五百騎が無様を演じて敵軽騎兵を誘引し、歩兵と切り離したところで、伏兵千騎による急襲を成功させた。次は敵歩兵へ五百騎が味方を偽装して突入、混乱させたところへ残る千騎が来襲するという作戦である。ただし敵を殺し過ぎず、逃がして散らせるという成果が求められている。


 無論、ただ勝つためではない。マルコによる策の一環であり、親衛団が出撃してより一度として前線砦へ帰還していないことと目的を同じくする行為だ。この敵を打ち破った後の第四戦こそが本命である。


(そう、これだよ。こういう戦をするからこその、あの人なんだよな)


 クスターは窮屈な帝国軍仕様の兜の中で、己の頬がニヤつくことを自覚していた。騎馬をもっての戦術にはそれなり以上の自負があるクスターである。そんな自分をより上手に、自分でも驚くほど効果的に戦わせてくれる者……それがクスターの主であり、現在彼を使役するところのマルコなのだ。


 マルコは出撃前に断言したものである。今回の出撃で親衛団の名は大陸に轟くことになると。犠牲は払うが、他の誰にもできない戦果を上げることで歴史にその存在を刻まれることになると。それは余りにも大胆不敵な、それでいて確信に満ちた宣言だった。親衛団が三千人による1個となったのは、ようやくその瞬間であったとクスターは振り返る。懐かしい光景でもあった。その身その言葉に勝利を信仰させることによる軍統制……クスターが憧れ痺れたあの人がそこにいた。夢ではなかった。


 出撃に先んじて1つの噂が前線に広く流されていた。曰く、先だって帝国軍連隊を見事に叩きのめした三千人が、あの剣角騎士団が、再びこの前線へと戻ってくる。ユリハルシラ侯爵は此度帝国軍に強烈な一撃をくれてやるつもりのようだ。老いたと侮ることなかれ。護国の御大将は健在なり、と。


 その矛先が向かうところとして実しやかに噂されたのが、行禍原の南部地域である。これはユリハルシラ領への補給線が南側であることと、先の戦いにおいて騎士団が哨戒した地域がやはり南側であったことから、誰もが当然のものとして受け止める話だった。そうなるように噂を撒いたのだ。マルコたちが。


 そう、それはでっち上げの嘘に過ぎない。しかし誰もがそうだろうと予想する話であり、実際のところ剣角騎士団が前線へ駐留するという事実が発表されたのだから、もはや真実として通った。


 しかもその噂は帝国側にも伝わった。伝わるように細工するため捕虜を幾人か買い上げた。向こうの諜報網もあったに違いない。帝国側は即座の対応を見せた。何しろユリハルシラ侯爵と剣角騎士団に関する話なのだから。哨戒部隊を南部に集中し、鼻息の荒いらしい騎士団を撃殺せんと警戒が厳にされた。それは正しい対応かもしれない。少々早過ぎるだけで、間違ってはいない。


 しかし早過ぎたがために、クスターらは今、行禍原北部を帝国寄りに深く侵入しているのだ!


 これには親衛団への冷遇もまた作用している。友軍が出陣していないのだ。単独部隊での哨戒任務など王国の前線においては非常識極まるものだ。しかしそれが為されている。親衛団はその“勇”を証明するために出撃するのだから、何人もこれを邪魔立てすることは許されない……そんな毒々しく飾られた御言葉を理由とするところの、援軍無き出撃だ。


 だからこそ、噂が真実としてより作用する。


 今、行禍原の北部は常にはあり得ないほどに軍が疎らである。敵も味方も、その殆どが南部へと偏っていてここにはいないからだ。クスターらが帝国軍に偽装している今となっては、白流旗を掲げる軍はマルコを含む千騎がいるばかりである。


 そう、アクセリら親衛団の主要な兵員すら北部には存在しないのだ。


 砦を出撃した際、親衛団は三千人でもって白流旗を掲げ行軍していた。そして帝国軍の哨戒部隊と遭遇したのが第一戦である。アクセリ隊、ヤルッコ隊、オイヴァ隊の千五百人が固く隊伍を組み、親衛団としての初戦をば堅実に敵と対陣した。


 帝国軍としても初めて見る軍旗である。しかも軍としてはある意味で初々しい動きでもあったのだろう。帝国軍に怯えや警戒の色は薄かったが、対陣は戦端を開かずに長引いた。主力とされる部隊ではないからだ。帝国軍の実力ある者たちはその時行禍原の南部に在り、それに対応する形で王国軍もまた南へ兵力を割いていた。仮令一時的にとはいえ、北部における帝国軍の陣容は薄く疎らで、しかも弱かったのである。対する王国軍はといえば初陣の親衛団が在るきりなのだから、どちらも相手を笑えない。無理にぶつかる雰囲気ではなかった。


 そして、クスターら軽騎兵が獰猛に襲い掛かり、敵部隊を蹴散らすこととなった。


 緩から急への激変に帝国軍はまるで対応できなかった。右翼から回り込むようにして突き崩し、敵が前面のアクセリらから意識を切り離せない間に陣をズタズタに引き裂いた。特にマルコ率いる百騎が中央へ突貫して暴れ回り、クスターらがそれと連携することで被害を甚大なものへと拡大させた。結局、アクセリら千五百は見ているばかりで、軽騎兵千五百騎のみでの殲滅と相成ったのである。


 輜重隊へ連絡した後、親衛団はそのまま更に西進した。


 第二戦は第一戦と正反対の手段をもって勝利した。今度は軽騎兵千五百騎が囮として敵部隊を動揺させ、足並みを乱した。そして機動でもって意識を引きつけている間に、アクセリら千五百がぶつかったのである。矢と槍とが刺し貫き合う巷に、アクセリ率いる重騎兵五百騎による騎兵突撃が敢行された。その隙を生じさせたのはクスターらが後背へと回る動きだったのだから、やはり第一戦との役割の違いが明白となる戦いであった。


 歩兵部隊の被害もあり、親衛団はここで転進することとなる。南へ向けてだ。ただ退くのでは敵を引きこむ恐れがあるし、輜重隊が後退する時間を稼ぐことも出来ない。だからやや南進し、簡易ながら木柵などを設けて陣を敷いたのだ。そこで戦うも良し、適当に敵を引きつけてから粛々と引くも良しだ。南部に展開する味方部隊へと伝令を飛ばすことも忘れない。既に二連戦を勝利して“勇”の証明は成している。この上で見捨てるようであれば然るべく対応するよりない、と。


 しかし、その陣の中にクスターらはいない。補給を済ませるなり再び北部へと駆け、更に西へと馬首を転じた。そして士気も低く哨戒する敵部隊を見つけての第三戦である。はぐれた五百騎を演じ、易い獲物と油断させた。そうして騎馬戦力たる軽騎兵千騎を釣り出したる後、伏せていたマルコら千騎と共に撃滅したのだ。


 ここまで戦って、未だ作戦の途中である。


 クスターの前方に帝国軍の軍旗が見えてきた。王国軍が来るわけもない地域だと油断しきった態である。一応の隊列を組んでいるが、騎兵戦力に置き去りにされたのだから今少し警戒感をもって布陣しているべきだろうとクスターは呆れる。いっそこのまま襲い掛かってやろうか、と。


 勿論、そんなことはしない。彼は弁えているのだ。自分はあの人が戦を行う上での駒に過ぎない。よく駆けてよく殺す駒だ。それが勝手に動くとなればあの人は冷たく見捨てるだろう。あの人にとって戦はどこまでも合理だ。目の前の敵に夢中になる短慮を重ねて運を試すような戦いを、そんな戦いに兵を巻き込むことを、心の底から嫌悪している。


(……まあ、だからいつかは破綻したんだろうな。せめて逆なら良かったんだよ、あの人と勇者の奴は)


 昔を思って少し胸を疼かせつつ、しかしクスターは口を大きく開くのだ。鐙に立ち上がり、演技上片手は手綱を握ったままで、もう一方の手を口の脇に広げる。そして叫ぶのだ。


「おおぅい! 迷子の敵は逃げていったぞ! 捕虜として半数を捕まえた!」


 クスターは自然の感情のままに笑んだ。本当らしい嘘とは、全部が嘘ではいけない。真実も混じっていなくてはそれこそ真実味がない。大丈夫、後半は本当なのだ。お前たちも笑うといい……そう心中に嗤いながら。


「馬も多いから移動が困難だ。向こうで合流しよう」


 それは全部が嘘だったから、クスターは己の言葉が疑心を生んだことを理解していた。こちらを見上げる表情からもそれが見て取れる。そう……もうそんな間合いだ。


「ま、あの世だかどっかだかで合流してくれ。それで半分は真実になる」


 槍が振るわれて鮮血が飛び散った。あちらこちらでそれが連続する。驚愕、怒号、悲鳴、悲痛……それらを響かせながら五百騎の蹂躙がはじまった。こちらは誰もが無言だ。殺すためにいちいち声を上げるほどクスターらは暇ではない。言葉とはそれ自体が武器だ。策を作る。こうして今からも。


「逃げろ、逃げるがいい! ここは既に死地だ! 死の支配するところだぞ!」


 叫ぶ合間に殺しつつ、クスターは考えたものだ。あのベルトランという男とは何で決着をつけるべきか。主を同じくする身で身命を賭けるわけにはいかない。互いに主の駒だ。駒同士で潰しあっては共に捨てられてしまう。ならば何をもって思い知らせてやろうか……いっそ主に決めてもらうか、と。


 見れば、赤布の九十九を己が一部としてマルコが駆け来る。さあ第三戦の決着だ、とクスターは獰猛なその笑みを深くした。帝国訛りを歌いつつ、槍を振るい、適度に殺していく。


 そして、第四戦が……この出撃の総決算が始まる。


 その結果をもって、アスリア王国とエベリア帝国とは1人の少年の名を武名として知ることとなるのだった。

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