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電撃お題チャレンジ作品集

待合桜

作者: 空ノ

 圭一は噂を聞いた。


 どんな願いでも必ず一つだけ叶えてくれる、桜の木があるらしい。


 ◆


 都心から車で二時間、ようやく人里離れた目的の樹林へとたどり着いた。圭一は軽く息を吐き出し、左右からアーチを描くように反り立つ木々の中を歩き出す。

 大学生である圭一の願いは、なんとも浅はかなものだった。

 ――透明人間になりたい。

 理由など、たかが知れている。あえて説明するほどのものではないことは、誰もが理解するところだろう。

 わずかに形を残す廃道をたよりに歩き続けること数十分、突如視界が開けた。ほんのりと漂う樹木の香り。景観に不釣り合いな薄いピンク色。ぐるりと円形に縁取られた空間の中心に、桜の木はあった。冬だというのに満開に咲いた桜は奇妙この上ないが、圭一の意識はすぐに切り替わった。

 桜の木の下に女が倒れている。

 駆け寄ると、やせ細った女はゆっくりと起き上がった。比較的若く感じるが、化粧もしておらず、何日も洗っていないようなべっとりとした長髪は、彼女をずいぶんと老けて見せた。

 なぜ、こんな場所に女性が一人で?

 圭一が尋ねようとしたそのときだった。女は自分の鞄を引っ掴むと、圭一を押し退け、桜の木から逃げるように走り出した。桜からある程度の距離をとると、そこで立ち止まった。

 ぽかんとするしかない圭一だったが、突然甲高い声で笑い出した女に、なにか得体の知れない恐怖を感じた。

 女が圭一の方へ向き直る。

「ありがとう、あなたは命の恩人よ」

 含みのある笑顔と意味不明な言葉。圭一は反応の仕方がわからない。

 何から訊くべきか迷っていると、女はふらつきつつ話し始めた。

「あー酷い目眩……。ねぇ、あなたも待合桜の噂を聞いて訪ねてきたクチ?」

「まちあい……桜? よくわからないが、俺は願いが叶うという噂を聞いたんだ。どうしても叶えたいことがあってね」

「そう。じゃあ喜んでいいわよ。その噂、本当だから。ただし」

 女はそこで言葉を止め、圭一をまっすぐに指さした。

「願いを叶える権利があるのは、私。あなたじゃない」

「……どういう意味だ?」

 背筋に怖気が走る。彼女との距離はほんの十メートル程度のはずなのだが、なにか別の次元に放り込まれたような強い違和感に襲われた。

 急激に乾きだした喉を潤すように唾液を飲み込む。

「あなたは囚われた。もう当分の間、そこを出ることはできないわ」

 彼女の言葉がさっぱり理解できない。

 囚われた? 誰に?

 わからないのならば、動けばいい。圭一は歩いて女へ近づく。

「からかわないでくれ。俺と君しかいないこの場所で一体誰に――ッ!?」

 圭一はなにかに足をぶつけた。咄嗟に下を向くが、なにもない。戻した視線の先に見えるのは、圭一を見つめてクスクスと半笑う女だけだ。

 手を伸ばしてそれに触れる。ある。見えない壁がある。

 脈打つ心臓は徐々に高鳴り、焦燥感を助長する。

「それは、待合桜が創る檻。一人の人間の願いを叶える代わりに、別の人間を捕らえて餌にする。あなたは誰かと入れ替わらない限り、待合桜に生命力を奪われ続ける運命」

 圭一は女の言葉を理解しようとすることで精一杯だった。見えない壁にもたれ、食い入るように女を見る。

「私もあなたと同じパターンで囚われたのよ。私と入れ替わりで外へ出た女は永遠の若さを願った。そしたらね、四十過ぎの女が二十歳くらいの容姿になったの。信じられる?」

 女は、事態の深刻さに気付いた圭一を一瞥し、言葉を繋ぐ。

「不安よね、ここ電話も通じないし。三日で出られた私は幸いかも」

 圭一は自分の未来が運に委ねられていることを理解した。

 吐き気を催し、その場にへたり込んでしまう。

「待合桜! 私を永遠に今の姿のまま死なない体にして!」

 女の張り上げた声が木々に反射して散らばる。こだました音が空に消えていくと同時、桜の花弁が女を包み込み、そして弾けた。

 女は無表情のまま鞄から包丁を取り出し、両手で勢いよく自分の胸を突いた。何度も、何度も。

 圭一はその異常な光景に息を飲む。

「死なない……死なないわ!」

 女の体からは、一滴の血も出なかった。痛みもない様子で、恍惚とした表情で声高らかに笑っている。

 噂は本当だった。

 が、だからどうした。このままでは死を待つのみだ。

 焦る圭一を尻目に、女は背を向けた。

「桜の木の下で死神と寄り添い、奇跡の待ち合わせ。だから待合桜。ぜひ、次の餌に教えてあげるといいわ」

 そして口元をスーッと吊り上げる。

「……それまで生き延びられればね」

 圭一は言葉を失う。

 背後の待合桜が風に押され、嘲笑うようにざわめいた。


 ◆


 同時刻。

「ぎゃあああぁぁぁっ!!」

 化粧台の前に座る若い女は、鏡に映った自分の顔を見て絶叫した。

「なによ……なんなのよこれ……っ」

 まるで固形化した粘土のように、顔の皮膚がボロボロと剥げ落ちていく。

 その内側からは、四十を超え艶を失った本来の肌が顔を覗かせていた。


 ◆


 待合桜は、どんな願いでも必ず一つだけ叶える。


 必ず、一つだけ。

掌編ってひらめきだけで結構やっていけるんだなぁと確信した作品です。

常日頃から全方位に向けてアンテナ張っていられればと最近思います。

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