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Voice to be influenced by...  作者: 阪木 正義
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ゆっくり、着々と

初投稿です。途方もなく拙い文章かもしれません。どうか生温い目で見てやってください。

  朝。いつもの朝。カーテンの隙間から差し込む朝日が彼の瞼に当たり、睡魔を退散させようと奮闘する。だが彼は少し寝返りしただけで、起きない。睡魔を退散させられなかったのを悔しがるように、朝日は少し弱まる。

  音。目覚まし時計から鳴り響く鋭い音が、彼の耳を使って同じく睡魔を退散させようとする。すると彼は上体を起こし、目を開けた。

 「……」

  右手をのばして目覚まし時計を止める。その勢いで時計は仰向けに倒れてしまった。

 「あれ……壊れた……?」

  時計はカーテンの方に向いて、誇らしげな灰色顔をしてるように彼には見えた。

  その後、時計からは何も聞こえなくなってしまった。

 「おっと、しまってなかった」

  枕の下にある、他人には、ましてや女子には絶対に見せたくない雑誌を発見し朝から少しテンションが下がる。しまってなかった自分が悪いのだが。

 「……えっと、木を隠すなら森の中、だよな」

  まだ完全に冴えてない頭で、彼は雑誌をどうしようかと考える。ふと机の下を見ると、彼が昨日読んでいた漫画が、ピラミッドのように積まれていた。そこに雑誌を蹴ってぶつける。その衝撃でカラフルなピラミッドは崩れ、雑誌はその瓦礫の中へ消えていった。

 「まだこんな時間か」

  彼はうんともすんとも言わなくなった時計を見て、時間を確認する。もう時計の秒針は動いてない。彼の右手で完全に壊れたらしい。

  階段を下りて、リビングの前まで来る。カチャカチャと食器の擦れる音がする。もう朝食の準備してるのか、と彼はいつもと少しだけ違う朝に驚く。

 「おはよう」

 「あっ、かおるおはよーーーっ!! 」

 「朝から近所迷惑な大声出さないでよ母さん……」

  なんか今日は目覚めがよくてねー。とキッチンにいる光子がまたまた叫ぶ。少しイライラしながら、薫はテーブルのほうに目をやる。何故かまだ食事は用意されていなかった。

 「あれ、父さんは?」

 「もう仕事行っちゃったわよ。なんか今日は早いらしくてね。だからお皿片付けてるの。」

  薫はハンガーに掛けてある制服一式を取り、となりの部屋へ行って着替える。さっきの音は皿を洗っている音か。薫は納得したが、それと当時に疑問も湧いた。

 「なんで俺が飯食ってないのにもう皿洗ってんの!? 」

  隣の部屋から光子に叫ぶ。先ほど自分で光子に大声出さないでと叱ったことを、忘れているのかもしれない。

 「……あ。」

 「はぁ……。まぁ学校までは全然時間あるからいいけどさ。ご飯はまだ残ってるんでしょ? 」

  そう言いながら制服に着替え終わった薫は、テーブルの手前にある椅子に座る。まだ学校に向かうには1時間半程余裕がある。俺は何も手伝わないからな、と椅子に座りながらふくれっ面で言う。

 「ごめんね薫。今日はご飯じゃなくて食パンなの。それと私とお父さんの分でパンもうなくなっちゃったから……。」

  なら買ってくれば、と薫は言いかけたが、家から一番近い店まで片道1時間はかかる。学校を遅刻することになってしまので、もちろんそれはできない。

 「どうしろってんだ……」

 「たまには朝御飯抜きも、いいんじゃない? 」

  光子が全く年相応でない、軽やかな動きをする。彼女は既に四十九だ。だが醸し出す雰囲気は、一言で言うならば女子である。外見上はそのままの年齢に見えるが、なぜかそれより若く見られることが多い。

 「わかった。じゃあもう学校行ってくるよ……。多分もう誰かいるだろうし。」

 「行ってらっしゃーい!! 」

 「行ってきます。はぁ……」

  既に本日二度目のため息を吐きながら椅子から立ち上がり、隣の椅子に置いといたカバンを持ち、玄関に向かう。このまま厄日にならないことを、切実に願う薫だった。だがそんな願いは簡単に粉砕される。




  大蔵おおくらは電車に乗っていた。平日の朝のため、満員である。彼は前後左右からの圧力に耐えながら、カバンを右手に抱え、左手でつり革を掴んでいる。

 『えー、まもなく、大和市。大和市です。東武四上線にお乗り換えの方は……』

  車内アナウンスが、駅に止まることを告げる。大蔵が降りる駅だ。彼がつり革に掴まってる位置は、左右どちらのドアからも遠く、ちょうど中間地点にあたる場所だ。乗り換えもあるし、他に降りる人がいるだろう。そう大蔵は思っていた。

  ドアが開く。彼の予想は外れたようで、誰も降りない。大蔵は急いで、ドアに近づこうとするが、人の壁がなかなか厚い。

 「すいませーん。降りまーす!! 」

  少しだけ道が開けた。その合間を縫ってドアへと進み、なんとか電車から降りる。ふと電車内を振り返ると、人混みの中で数人が倒れていたが、周りの人達が気にしている様子はなく、まるでいつもの出来事であるかのような振る舞いだ。実際その通りなのだが。

 「誰も降りないなんて、珍しいな。」

  改札を抜けて一安心した大蔵は、独り言を呟く。彼が警察署へ向かう時にいつも使うこの駅で、誰も降りないことなど一度もなかった。それは乗り換えがあるからという理由だけではでなく、この街が大きな街だからだ。


  五年前に地球規模の大地震があった。それ以降、どんな街もかなり近代的に成長した。地震の復興作業と同時に景気がよくなっていき、建物を耐震にするよりは、強度があり、かつ近代的な建物に新しく建て替えよう、と政府が突然言い出し、どの街も近代的な趣になっていった。ここ大和市も例外ではなく、五年前と比べると全く違う街になっている。

 「これが近代的か……俺には変な光景にしか見えないんだけどな。」

  署へと続く大通りを進み、周りにそびえるビルを眺めながら、彼はまた呟く。一面ガラス張りではなく、半透明モニターになっているビル。その下から三メートルあたりから、地面と水平に棒が伸びている。街路灯である。それが前方十メートル間隔で等間隔にある。五年前の人々が何らかの方法でこの光景を見たならば、みな口を揃えて、変な光景と言うことだろう。

 「昨日がずっと続けばいいのに。」

  平日を嫌う学生のような言葉を吐く。珍しく土日が休みだったため、彼はその二日間を有意義に過ごそうとしたが、ほとんどの時間が睡眠に持っていかれてしまった。起きている間は、彼の趣味であるプラモデル作りに没頭していた。

 「着いちゃったか。」

  気づけばもう警察署の玄関にいた。過去に浸りすぎていてはいけない、と反省する。

 「おはようございます!! 」

  せめて声だけでも元気にいこうと、自分の部署に入った途端大蔵は大声で挨拶する。だが返ってくる返事は、うーっす。だの、お疲れさんでーす。だの、果てには日本語かどうかさえ怪しい返事まで返ってきた。

 「警部、おはようございます。」

  大蔵は深くお辞儀をする。している相手は彼の上司、吉田。

 「お、来たか大蔵。早速だか現場に向かってもらいたい。」

  もう何年も使っている筈なのに綺麗なデスク。その手前にあるチェアにこれまた綺麗な姿勢で吉田は座っている。

周りから見たら、かなり貫禄のある出で立ちだろう。 

 「わかりました。どこに向かえば? 」

 「えっと、二町目の、ほら…あの…事故の多いあそこだよ。」

  見た目とは裏腹に、吉田は物事が適当である。デスクが綺麗なのは清潔に保っているわけではなく、ただデスクの上の物、そしてデスク自体を面倒臭がってあまり使わないだけである。それでいてノンキャリアで警部なのだから、天才や、強運の持ち主というのは本当にいるんだな、と大蔵はいつものように吉田を尊敬する。いつかは彼のようになりたい。大蔵は本気でそう思っている。

 「おお、ここだここ、そんな遠くないな。お前丁度免許とったことだし、車で行ったらどうだ?」

  吉田はデスクの上にある棚から、市全域の地図を取り出して現場を確認する。珍しくデスクに吉田が触れたと、署内が少し騒がしくなる。今日は嵐でも来るんじゃないのか。家の洗濯物取り込んだっけ。などと、誰もが彼の動作に驚いた。但し大蔵は除く。

 「いや、そんな遠くないのに車で行かないとなんですか? 自分が運転したら、車が無事に帰還することは不可能だと思いますが……」

  大蔵は吉田の取り出した地図を見る。所々赤い印や、メモ書きなどが見られる。この地図自体は吉田はよく使っているようだった。

 「そんな弱気でどうする。まずは行動。結果は行動のついでに勝手に出来ちまうから、気にするな。お前が車壊しても、勇気を出して車に乗ったその行動は事実だ。悔やむ必要はねぇ。」

 「それじゃ慰めになってませんし、第一まだ車壊してません。」

  周りの騒がしさなど全く気にせず、二人は淡々と話を進めていく。いつもの光景だ。

 「何事もチャレンジだ。当たって砕けてこい。」

  そう言いながら吉田は引き出しから車のキーを取り出して、大蔵へ投げる。今度は引き出しを使ったぞ。また大きな地震でも起きるんじゃないのか。周りがより一層騒がしくなる。この光景を見る限りでは、吉田は全く信頼されてないのではないかと感じてしまうが、実績もあり、部下思いで情に厚い所もあるので、信頼だけはされている。

 「砕けちゃだめなんじゃ……。それじゃ、行ってきます。」

  いろいろつっこみたい所はあったのだが、大蔵はそれをこらえて署を出発する。出る前に、同じ部署の同僚から戦地へ赴く人を見るような目で見られたが、彼は軽い苦笑いで返した。


  駐車場に置いてあるクラウンに乗り込み、エンジンをかける。もちろんこのクラウンは覆面ではなく、パンダカラーのれっきとしたパトカーである。ギアを変え、アクセルを踏んで駐車場から右折で出ようとする。曲がる直前、右後方から何かを擦った音が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。大蔵はそう思い込むことにした。

 「本当に目の前じゃん……」

  アクセルを踏み続けること二分とすこし。現場に到着した。道は入り組んでいたが、署から徒歩で充分に行ける距離だった。どこでも目立つ白と黒のツートーンストライプの車から降り、黒と黄色のこれまたツートーンのテープの手前まで向かう。

 「……よし。」

  このテープをくぐる時は、感情をその場に置いてからくぐれ。

  大蔵がこの部署に来て、始めて殺害現場に行ったときに吉田が言った言葉だ。それ以来、彼は立ち入り禁止のテープをくぐる度に、この言葉を反芻している。

  いつも通りに吉田の言葉を反芻し、テープをくぐる。屈んだままの状態で、目の前にいる警察官に自分の警察手帳を見せる。見せられた警察官は大蔵に敬礼し、少し後ずさった。

  ブルーシートを抜けて大蔵は死体を見つける。そこに死体を調べている鑑識達がいた。死体に近づき、顔を見る。そのとき大蔵は、屈んだときに感情を拾ってしまったのか、怒りとも悲しみともとれる複雑な表情をした。だが彼はすぐに感情を剛速球で投げ飛ばし、普通の表情に戻る。

 「被害者の身元は?」大蔵の質問にすぐさま鑑識の一人が答える。

 「河下 進。高校生で……《リスナー》です。」

  リスナー。その言葉を聞いた途端、大蔵はすこし表情を曇らせる。その顔が見えたのかどうかはわからないが、鑑識は少し間を置く。だがすぐにまた話を続け始める。

 「死亡推定時刻は昨日の二二時頃。死因は刺殺。得物はナイフか何かでしょう。正面から胸を刺されているところから、犯人は知人の可能性が高いと思われます。」

 「知人、ね……。にしても、とうとう俺の所に回ってきたか。」

  誰かに愚痴をこぼしたのか、只の独り言か、大蔵は死体を見ながらそう呟く。もう休暇なんてなさそうだ。そう思いながら、土日のことを思い出し、プラモデルなんか作らずずっと寝とけばよかった。と一人反省する。





  目線を感じた。少し情けをかけるような視線だ。男はその目線に一瞬驚いたが、目線の出処を確認するとすぐに元の表情に戻る。その表情とは、今にも肉体ごと消えそうな弱々しい表情だった。

 「何だ、君か。」

  男は倒れながら木に寄りかかり、そのまま滑るかのように地面に座り込む。

  この時期の夜は流石に寒いな。家にあるだけの服を着込んだ男はそれでも寒いのか、男は体をさする仕草をする。彼は自分の体が震えていると思っている。だが実際は全く震えていない。自分自身を震えさせるだけの体力が既にないのだ。

  ふと冬の澄んだ夜空を見上げながら視線の主に話しかける。今夜は満月の一歩手前のようだ。

 「結局君は私に、何をさせたかったんだ?」視線の主は答えない。男は視線の主へ顔を向ける。距離はそう遠くない。これでやっと男と『それ』の視線が同じ高さになった。

 「前会ったときとなんか色が違うね。やっぱ只者じゃなかったんだ。」

  静か、というよりは弱々しい声でまた話しかける。もちろん返答はない。

 「まぁいいんだ。どうせ過ぎたことだし、結果は後からじゃ変わらないからね……。それにしても、疲れた。独り言言い過ぎだよね僕……」

 既に男の意識はないに等しく、身体から徐々に力が抜けて行き、彼は只の死体となった。それを見届けた『それ』は静かに、それでいてどこまでも届くような声で鳴いた。彼と同じく独り言なのか、はたまた誰かに向かって鳴いているのか、それはわからない。



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