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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

今ここに響かせて

作者: 玉露

暗い、というよりシリアスです。

苦手な方はご注意ください。



 人を好きになることは。

 人を愛することは。


 どんなことよりも尊いことだ、と。


 誰か。


 どうか、誰か。


 この俺に教えてくれ。






   今ここに響かせて






 くらり、と視界が揺れた。

 下から吹き抜けてくる強い風が、長めの前髪をぶわっと持ち上げていく。

 俺は人形くらいに小さくなった人間たちを眼下に見下ろしながら、ずるずると鼻をすすった。


 ああ、怖い、と。


 どこか冷静な頭が恐怖を訴え、自然と足が竦んだ。

 瞳に溜まった涙が強い風に浚われていく。


 だって。


 それならば俺は一体どうすれば良かったというのだろう。

 まるで人間以下の粗大ごみのような俺が、浅ましくもクラスのヒーローを好きになってしまったのだ。

 こうする以外に、一体どんな道が残されていたというのだろう。


 俺とは何もかもが正反対で。

 明るく、活発で、運動も出来て、頼りがいもあって、お洒落で。

 そんな輝かしい表舞台の中心に立っている彼を。

 こんなゴミ虫の俺なんかが好きになってしまった。


 一体、俺はどうやって。


 どうやって、世界中の皆さんに謝ればいいのだろう。



 なあ、藤沢。





   ** ** **





 根暗が服を着て歩いているようだ、と。

 高校も三年目ともなるとそうやって形容されることにも慣れ切ってしまって、最早なんとも思わなくなっていた。

 昌弘は感覚が麻痺してしまっている、とは親兄弟からもよく言われることだったが、そもそも「感覚が麻痺している」ということが麻痺してしまって分からない。

 それを自覚した時、俺は自分のごみ加減に嫌気がさした。


 手入れなどしたことのない真っ黒の髪はぼさぼさで、お洒落やイマドキの流行には全く興味がわかず、ただ好きなアニメのフィギュアを集めることに精を出していた。

 好きなマンガ雑誌を積み上げ、それと一緒に無駄な知識ばかりを積み重ねてきた。

 気付いた時にはキモオタと言われるようになっていて、現実世界に参入していくことはもはや不可能なところまで来ていた。

 自分が普通に喋れるのは仮想現実という名のインターネット掲示板の中のみで。

 好き勝手に大きなことを吹聴して、似たような仲間たちとダラダラ過ごすことだけを楽しみに生きてきた。


 それでも。

 どうしても。

 その掲示板の中ですら。

 誰にも言えないことが、たった一つだけあった。


 俺が好きなのは男なのだということ。


 それも、クラスの誰からも好かれて、表舞台でリーダシップを発揮する太陽のようなアイツのことが、俺は好きなのだ。

 浅ましい。汚らわしい。キモチワルイ。

 そう罵られても、それでも、この想いだけは消えてくれない。



『なあ尾田、お前さ、学校楽しい?』

『……え、なに、いきなり』

『いや?いっつも一人だし、別に同情とかじゃねえよ?』

『うぜ』

『うぜえとか言うなし。お前、将棋とか出来る系?』

『出来る、けど』

『おお、マジか。俺も出来る。明日やろうぜ』

『うぜ』

『だから、うぜえとかいうなし』



 流れるような会話だった。

 勝手に言葉を引き出され、気付いた時にはアニメの話をしながら将棋を指す仲になっていた。


 クラスの連中は、それを奇異の眼差しで見ていたし藤沢の仲間たちも変に思っていたけれど、俺はそれで良かったのだ。藤沢も今までの仲間たちと同じように仲良くしていて、そういう時は俺もいつも通りクラスの隅で空気になっていた。

 それで良かった。

 アイツが。

 藤沢が。

 ただ、そこにいてくれれば、それだけで俺は良かった。


 でも、もう駄目なんだ。





   ** ** **





 俺は、びゅう、と噴き上げる風の中で、じりじりとつま先を動かす。

 屋上から見下ろした景色が涙で歪んだ。


 ああ、怖い。


 その時、こちらに気付いた見知らぬ生徒が眼下で悲鳴をあげているのが分かった。

 気付かれずに飛ぶつもりだったのに、そんなところまで俺はどんくさい。


「頼むよ、もう、無理なんだって」


 震えた声で、俺はそっと呟いた。

 だって。

 だって俺は藤沢で妄想してしまった。

 止められなかった。

 妄想の中で、藤沢にキスをして、藤沢と厭らしいことを沢山してしまった。

 汚くて、汚くて、もう死ぬしかない、と。

 そう感じた。

 世界中の人にどうやって謝ればいいのか、俺はもう、分からない。


 その時だった。

 背後で屋上の扉が大きく開いて、俺は上半身だけを捻って、後ろを振り向いた。


「お、お、尾田っ!尾田、待て、おいっ」


 けたたましい音を響かせて開いた扉。

 そこからまろびでるように、よたよたと出てきたのは藤沢だった。

 すらりと伸びた長い手足と、着崩した制服、主張の激しい髪と意思の強い瞳。

 最後にそれを見られただけ、俺は幸福だったかもしれない。


「尾田、なに、馬鹿やってんだよ。そこあぶねえって」


 じりじり、と少しずつ距離を埋めながら近づこうとする藤沢に、俺はちらりと笑った。

 本当にいい奴だった。

 こんなゴミ虫の俺と仲良くしてくれた。

 俺はその声が好きで、藤沢に名前を呼ばれることが何より嬉しかった。


「尾田、頼むって。そうだ、また、将棋」

「藤沢!」


 俺は震える声で藤沢の名前を呼んだ。

 びく、と肩を震わせて藤沢が口を引き結ぶ。


「お、尾田」

「もう、無理なんだ、ごめんな、藤沢」

「む、むりって、なに、なにが」


 俺は鼻をすすって、首を横に振った。

 言えるわけがない。


 お前が好きで死ぬんだ、なんて。


 そんなことを聞いたら、優しい藤沢はきっと一生それを自分のせいだと思って生きていくのだろう。そんな惨いこと俺に出来るわけがない。


「尾田、だ、だって、俺、言わなきゃ、わかんねえよ」

「無理なんだよ、言えねえんだよ」

「俺、やだよ尾田、お前の言葉も俺、聞けねえのかよ」

「藤沢、ごめんな」


 好きになって、ごめん。

 お前で妄想して、ごめん。


 吹きすさぶ風が冷たかった。

 頬を伝う涙が、ひやりとする。

 遅れて屋上に到着した教師や、クラスメートたちが扉のあたりで団子になるのを、俺はどこか遠い目で見つめた。


「じゃあ……なんでお前泣いてんだよ」

「ふじ、さわ」

「なんで泣くんだよ!本当は――」


 じり、と藤沢の上履きが屋上の小石を踏む音が響いた。


「本当は死にたくねえからじゃねえのかよ!」

「藤沢……」


 そのとき、藤沢の意志の強い瞳が、ゆらりと揺れた。

 それを見て、俺はぎょっと目を剥く。


「藤沢、なんでお前が泣いてんだよ」


 俺は茫然と藤沢を見つめた。

 怒りに声を荒げた藤沢の目に浮かんだ大粒の涙がぼたぼたと零れていく。


「泣くだろ!ダチが自殺しそうって普通泣くだろ!」


 藤沢は怒りにまかせてずんずんと距離を詰めると、俺の傍で立ち止まった。

 俺に触れることのない拳が、ぶるぶると震える。


「なんで死ぬんだよ。もう止めらんねえならそれくらい言ってけ」

「藤沢…」

「俺にだけは言っていけ。覚えといてやっから」


 ああ、と。

 俺は嗚咽を漏らした。


 好きだ。


 溢れた涙で前が見えなくなる。

 喉を震わせる嗚咽で声が出なくなる。


 好きだという感情だけが。

 涙と共に止め処なく溢れ出ていく。


「お、おれ、お、お前が、好きなんだ」


 告げた瞬間、いよいよ滝のように涙が止まらなくなった。

 これで本当に最期だと思うと、哀しくて悲しくて堪らない。


「…は、え、…?いまなんて?」

「好きなんだ、藤沢、ごめん、ごめ」

「好きって、俺が?」


 驚愕したような声で聞かれて、俺はただ頷いた。


「好きになって、ごめん、ほんと、ごめん」

「ちょ、ちょ、ちょっと待て」

「なんだよ、こっちはもう死ぬ前にって思って!」

「なんで死ぬんだよ。俺が好きなら死ななくていいだろ」

「え?」


 今度は俺がキョトンとする番だった。

 呆れたような目で俺を見つめる藤沢の顔からゆっくりと緊張が抜けていく。


「好きなら好きって普通に言えよ!なんだよ、この告白!」

「言えねえだろ!だってキモイだろ!俺、お前で妄想したんだぞ!」

「好きなら妄想くらいすんだろ、普通だよ!」

「気持ちわりいだろ!」

「死なれるよりは何倍もましだよ!」


 藤沢は大きな声で叫んで、ああ、と頭をかきむしると勢いよく腕を伸ばした。

 背後で教師や生徒たちの悲鳴が響く。


 ぐらり、と傾いた俺の腕を藤沢の手が力強く掴みとった。

 そして、そのまま引き寄せる。

 腰高の柵に俺も藤沢も強く身体を打った。

 痛かったが、だがそれよりも、柵を挟んで握られた腕がじんじんと熱かった。


「藤沢……」

「ちゃんと伝えに来いよ!」

「無理、だろ」

「無理なもんか!試してみないうちから何言ってんだよ!」


 俺はずるずるとその場にへたりこんだ。

 ただ。

 藤沢に握られた手だけが溶けてしまうみたいに熱い。

 泣きはらした双眸に、またもやじわじわと涙が滲んできた。



「す、好きです。俺は、俺は藤沢君が好きです」



「俺も、尾田君が好きです!」

「え」

「や、まだ尾田で妄想できるかわかんねえから、とりあえず友達から、で、いいっすか」


 照れたようにそっぽを向く藤沢に俺はただ涙を流したまま頷いた。

 こんなにも優しい男。

 世界のどこを探したってここにしかいない、と。

 俺は、涙も鼻水も垂れ流したまま、へらりと笑った。


「とりあえずさ、尾田、髪切れよ」

「なんで、いきなし」


 はは、と泣き笑いした俺の傍にしゃがみ込んで、柵の向こうから藤沢の手が伸びてくる。

 前髪を掻きあげられ、もう片方の手が手招きをする。


「なに」

「もっと近く寄れって。ああ、やっぱし。なんだ、お前普通にかっけえよ」

「は?」


 にやり、と笑った悪戯っぽい藤沢の顔が迫り、ぎくり、とした。

 何を企んでいるのか分かってしまって、俺は耳まで赤くなる。


「藤沢っ、マ、ジか」

「好きなんだろ?俺が」

「いい、のかよ。後ろみんないるぞ」

「したくねえなら別にいいけど」


 じとりと睨みつけてくる藤沢に、俺は現金にも、ごくりと喉を鳴らした。


 嗚呼、好きだ。

 好きだ。

 好きだ。


「お、おれ、緊張、して、どうしよ」

「吐くなよ」

「やべ、俺、今、死ねる」

「死なれちゃ困るからキスすんだろ、馬鹿」


 俺はそっと目を瞑り、震える唇を藤沢に近付けた。

 ふわりとそこに触れる感触に、どっと涙が溢れる。



 好きだ。



 背後で響いた女子の黄色い悲鳴に、何故か俺はとても救われるような心地がした。





   ** ** **





 人を好きになることは。

 人を愛することは。


 どんなことよりも尊いことだ、と。


 誰か。


 どうか、誰か。


 この俺に教えてくれ。



 俺はまだここで生きていたいから。




拙い文章を乱雑に書きなぐったため読みづらい個所もあったかとは思いますが、最後までお読みくださり誠に有り難う御座いました。


ボーイズラブは、セクシャルマイノリティの問題を常に孕んでいると思えてなりません。

この作品のように簡単に解決する壁ではないこと承知しておりますが、多感な年ごろに自身の性のあり方で悩む方々へ、僅か一端でも『何か』が伝えられればと思っております。

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