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「君の名は」

作者: mumu3173

※「君の名は」は、「その者の名は」の主人公ロアーツと相手役ラエルの出会った頃のお話です。若干のネタバレ要素を含みます。

(あーあ。なんだか、面倒くさいことになってきたなあ……?)


 つい数日前より起きてしまった、著しい環境の変化に対応しきれずにいる少年――ロアーツは、気怠げにため息を吐いていた。

 ロアーツは、街の裏手にある丘の上にいた。街の奥深くを通り抜けて昇りついたその場所は、滅多なことでは人が立ち寄らないだろうことはもちろんのこと、街の表側である住宅街よりも高い位置にあるおかげで、その場所ならば街の情景を一望することが出来るのである。

 ぼんやりとした風情のままでいるロアーツの視界に広がる街の姿は、今日も相変わらずだった。

 街のそばを流れる深い青の河と、その青を覆いつくすかのような深い森。街と外界とを繋ぐ大きな石橋と、外門と中央広場。街の全体を丸く象ったように立ち並ぶ元城砦壁の名残と、低い住居ばかりが立ち並ぶ住宅街のただなかにある、三つのとんがり屋根。

 気にも留めないつもりでいたのに、いつしかそれらを一つ一つ確かめるように見つめていたロアーツは、そっと息を吐いた。

 やっぱり、何も変わってなどいない。

 自分の思い描いたとおりの平穏な街の姿を確認したロアーツの胸中は、安堵の思いに満ちていた。


(俺は、間違ったことなんてしてないよな?)


 自問するロアーツの思考に蘇るのは、数日前に起こった出来事のみだった。

 それは、ある一人の少女との出会い。


(ただ、俺の身の回りがちょっとだけややこしくなりそうなだけだ。元はと言えば、俺が言い出したことだったしな。だから、俺は、後悔なんて何一つ……)


 後悔なんてしていない。

 自問自答の末、僅かな迷いを打ち消すかのように息を吐いて、ロアーツが深く息を吸い込もうとしたときだった。

 次の瞬間、自分の背に触れた何かの存在に、ロアーツは思わず体を浮かせんばかりに飛び上がった。


「――っ!? だ、誰だっ!?」


 癇癪持ちの気性をそのままに、ロアーツは声を上げた。顔をしかめ、更にはムッと口元を引き締めて後ろを振り返る。


「な! なんでおまえが、急に……!?」


 振り返ったロアーツのすぐそばには、いつの間にか、一人の少女がいた。頭巾を被り、黒に近い紺色の上衣と真っ白の下衣服クワン姿の、少女。――そう、彼女こそが、元凶の少女だった。

 少女は、しゃがみ込んでいるロアーツと同じような体勢で、ロアーツの様子を伺うかのようにじっと見つめている。

 ロアーツは少女の存在を視認した途端、わざと少女を睨むように目を細めていたが、少女はそのことに対して特に何も反応しようとはしなかった。


(あ、あれ?)


 ロアーツは戸惑いを隠せず、訝しい思いのまま眉を寄せる。少女の反応が予想していたものとまるっきり違ったのだ。


(おかしいな。なんで少しもうろたえないんだ?)

(『この間』は、俺なんかより気弱そうな、たかだか門守役の街男一人にすらあんなに怯えきっていたのに……?)


 つい数日前の彼女の様子を思い出してしまい、腑に落ちないと疑問を抱くロアーツだったけれど、どうしてなのか悪い気はしなかった。

 だから、それに免じてというわけではないにせよ、ロアーツは少しだけ接する態度を改めてみようとした。


「……おまえ、よくこの場所がわかったな?」


 少女を気遣って話しかけたロアーツだったが、しかし、その気遣いですら無駄に終わった。

 少女は、ロアーツに対して、やっぱり何も言おうとしなかったのである。




 数日前の夕刻、突然街に現れた見知らぬ少女は、旅人の少女だったらしかった。

 一体どういった天の導きだったのか、偶然にもその間際に出くわしただけのロアーツは、それ以外のことは何も知らなかった。――件の少女の、名前ですらも。

 そもそもは、少女が何も喋ろうとせず一向に何も語ろうとしないことが原因なのであり、更には彼女を引き取ると決めた父も母も、名前のこととかそれ以外のことに対して気にも留めていないらしいことが問題であるに違いなかった。

 初対面の彼女のことが嫌いでもなんでもなかったから、ロアーツだって別にどうでもいいと、そう思う気持ちもあるには、ある。

 けれども、まるで他者との意思疎通を避け続けているかのような少女が、今や家族と呼べるべき存在と化しているのに、ロアーツはこのままあやふやな状態のままでいいとは到底思えなかった。


 何も言おうとしない少女に対し、ロアーツの持ち直しかけていた気分もすっかり急降下してしまった。


(そういえば、俺、独りになりたくてここに来たのにな……)


 街を一望出来て、静かに考え事が出来る場所。街の裏手の丘の上は、ロアーツだけの秘密基地だった。

 そんな特別な場所を、わざわざ人に教えようとも思わなかったし、今の今まで、この場所で誰にも会うことはなかったのだ。……ついさっきまで、この少女が現れるまでは。


(多分、俺だけが知っている場所だったのに)


 恨みがましく思い、少女の存在を煙たく感じて、どうしたものかとロアーツが考えあぐねいていると、突然、少女が声を発した。


「――ご、ごめんなさい」


 思っていたよりもその声が柔らかくて、ロアーツは驚いた。

 今のそれが、初めて聞いた少女の声色だったのだと遅れて気付く。


「わたし……、どうしたらいいのか、わからなくて」


 少女は、じっとロアーツを見ている。ちらとでも逸らそうとしない。

 やましいことなんて何一つないはずなのに、ロアーツはやや居心地悪い思いがして、少しだけ彼女から顔を背けてしまった。


(その台詞は、まさに、俺の台詞だって)


 そう、この場所に来た理由は、新たに家族となっただろう少女のことを一人でじっくり考えて、結論付けようとしたためだった。

 なのに、件の少女本人に邪魔されたというか乱入されてしまっていた。

 ただそれだけだというのに、思うように行かないことに、ロアーツはついイライラし始めていた。


「――あ……あのっ! わたし……わたしはっ」


 まさに、ロアーツが自棄ヤケになろうとしたその瞬間、少女が再び声を上げた。

 縋るような目をして、少女が、ロアーツを見上げる。


「わたし、あなたのそばにいたい……!」


 ロアーツは狼狽ろうばいした。決して少女の言葉だけが理由ではない。そのとき、たまたま彼女の眼と自分の目――視線が、まともにぶつかったのだ。


(――っ!? な、なんで――!?)


 ロアーツは心底驚いた。ロアーツを見る目が、黄金こがねに染まっている。先ほどまでの弱弱しい光を放っていたそれではない。爛々と光る強い眼に変化しているのだ。

 交えてしまった視線が、逸らせない。ともすれば、その眼に囚われるのではないかという恐れがロアーツの中に芽生えていた。

 ただその目が茶色ではないだけなのに特別なものだと感じてしまって、ロアーツは逃げるように視線を避けようとした。咄嗟に顔を背けたばかりか、ロアーツはその目を閉じたのだった。




 ロアーツは生まれてこのかた――たった十年ぽっちであるけども、茶色以外の眼の色なんて見たことがなかった。

 ロアーツが住んでいる街も、その街が属する辺境の地イライブでも、ひいてはこの国に住んでいる者たちのほとんどが茶色の眼と茶色の髪ばかりであるはずで、それほどまでにそれ以外の色は珍しく、希少で、見慣れないものだった。


 少女だって、そうだ。

 先ほどまでは確かに自分たちと同じ茶色だったはずなのに。




 狼狽するロアーツに対し、困惑したような少女の声が聞こえてくる。

 けれど、視界を閉ざしたままでいるロアーツは、平常心を取り戻そうとして自分自身のことだけで精一杯だった。

 何かの拍子に、ロアーツは、目を閉じたまま吐き捨てるようにして言う。


「――うるさい! おまえはとっとと行けよ! 俺を……そんな目で見るんじゃねえっ!!」


 それが、少女にとってどれほどの暴挙であったのかを、その瞬間のロアーツは気付かなかった。


「――やっ!!」


 少女のか細い悲鳴のような声を耳にして、ロアーツは我に返った。慌てて閉ざしていた目を開き、少女を見る。いまや、目の前にいる少女は身を竦ませてぶるぶると震えている。少女の身につけている左手首の腕輪飾りがカチャカチャと金属音の摩擦する音が聞こえてきていた。

 そんな少女の姿を目にした途端、唐突に蘇る記憶――出会いのきっかけが、ロアーツの中で思い起こされる。




 形だけの門守に睨まれて、成す術も無く震えてしまっている少女のその姿。

 余りの騒ぎに自警団の連中も街の皆も集まってきて、彼女は注目の的となってしまったこと。

 偶然にも通りがかったロアーツがその現場を目撃して、見過ごせないばかりか、思わず彼らの間に割って入ってしまった、そのときのことを。




 ついさっきまで頭に血が上っていたはずなのに、ロアーツの体は休息に冷え行くかのようだった。


「――っ! ごめん!!」


 即座に謝った。

 が、口に吐いて出たその言葉すら大声で、更に身を震わせた少女を目にしてしまい、ロアーツは自分自身を激しくののしり、本気で殴りたくなった。

 思わず彼女の側に寄って、震える体を抱き起こそうとするけれど、当然のごとくその体は怯えたようにロアーツから逃げようとする。


(駄目だ……俺を怖がっている。安心させてやらなきゃ……)


 再び、ロアーツは謝った。正確に言うなら、謝り倒そうとしたのだ。


「――わ、悪かった! 俺、怯えさせるつもりはなかったんだ、本当に。そりゃ、最初は悪ふざけのつもりでちょっとは企んでいたけど……。なあ、もしかして、泣いてないよな? ――頼むから、泣くなよ?」


 ロアーツの必死の問いかけに、少女は答えようとしない。

 時間が止まったかのような、わずかな沈黙があった。

 その、一瞬の間の後。


「ひっく――」


 しゃくりを上げたかのような湿った声がして、鼻をすするような音を耳にすれば、ロアーツにはもう慌てふためくことしかできなかった。


「っ――!? ほ、本当に、この通りだ! 俺が悪かった。だから、俺が悪いんだからさ、泣かないでくれっ! 頼むよ、俺、おまえが泣き止んでくれるなら、なんでもしてやるから……!」


 ロアーツが口からでまかせで喋っていたら、そこで、やっと返事が返った。


「――うっ……、……ほ、本当ですか?」


 少女の、しゃくり声の中に混じった戸惑う声。

 切羽詰っていたロアーツは、ついにはしゃがみこんで土下座までしようとしていたところだったので、ほっとして顔を上げて体を起こす。


「……本当に?」

「絶対にだ!」


 ロアーツがあえて強い声で答えると、疑心を揺り動かされたのか、少女はその手を少し下げた。

 指の隙間から覗く潤みきった眼が、ロアーツを見つめている。

 見慣れない色だろうがなんだろうが、逸らしてなるものかと、ロアーツはその眼を見つめ返した。


「……お約束願えますか」

「もちろんだ」


 ほとんど条件反射的に答えると、少女は何かを考えるかのように、じっと黙った。


「では……他のところに行けと仰いませんか。あなたのそばに……、わたし、おそばにいても良いのですか?」

「――っつか、そんなこと、もう言わないから。大体、俺なんかよりもずっと前に、父さんや母さんが『良い』って言ってたじゃないか」


 きっぱりと返答したが、未だに少女は疑っているのか、恐る恐ると言わんばかりに呟く。


「頭ごなしに怒鳴りつけたりしませんか?」

「しない」

「苛めたり、酷いこと……」

「――するかよっ!」


 即座に突っ込むように答えてから、ロアーツはひっそりとため息を吐いた。


(コイツは、一体何を考えているのだろう)

(まさか、俺のことを悪人か何かでも勘違いしているるんじゃないか? ……そりゃあ、少しは怖がらせてしまったかもしれないけど……)


「じゃあ……」


 うつらうつら考えていると、少女が勿体ぶったように呟いて両手を顔から離す。そして、ロアーツよりかは幾分小さな右の手を伸ばしてきた。


「……指きり、して下さい……」


 小さな手の小指だけを上げて腕を伸ばしてきた少女を、ロアーツは唖然として見返してしまった。

 泣き止んでくれたとはいえ、先ほどまで泣いていた少女の目は、今にもほろりと零れてきてしまいそうなほど潤みきっている。縋るかのような目は、決してロアーツを逸らそうとしない。――恐れか何かで、その身を震わせてはいても。


「参ったな……」


 途方に暮れたような思いで、ロアーツは呟いた。

 ロアーツは、街に住む者なら誰もが知っているほどの問題児であり、同じ年頃の仲間内は勿論のこと、年長の大人たちにすら負けん気を発揮する少年である。

 そんな彼が、年下にしか見えない少女に振り回され、約束の証しとして指きりを迫られてしまうとは。


(この俺が、まさかこんな女の子に一敗食わされるなんて……)


 負けず嫌いだったはずのロアーツは、つい、微笑みを浮かべてしまっていた。




 少女の望むまま指切りをして約束をしてやると、少女がほっと息を吐いた。よくよく見れば、少女の体の震えも収まっている。警戒を解かれたのだと知り、ロアーツのほうこそが安堵のため息を吐きたくなった。

 ロアーツは、丁度良い機会だと思って、聞きそびれていたそれを尋ねることにした。

 見知らぬ人と末永く仲良くするためには避けては通れない、一種の『始まり』に交わす必要がある、その挨拶の言葉を。


「おまえ、なんて名前なんだ?」


 その名を尋ねたロアーツに、少女は円らな目を更に真ん丸にして不思議そうな目を向ける。既に少女の眼は黄金の色から茶色に戻っていた。


(――きっと、見間違えたんだろうな。得体の知れないやつって決め付けたせいだろう。悪いことしたな……)


 気持ちを切り替えるように深呼吸して、ロアーツは自身の名を改めて名乗ることにした。


「もう知ってると思うけど、俺はロアーツ。一応『リーグル』って名も名乗るときがあるけど、それも母さんが『邸』の仕事を辞めちゃえば、ただのロアーツになるだろうし……ロアーツの方だけで良い。――つか、やっぱり『ロア』でいいや。皆、そう呼ぶからさ?」


 エルズの街に住む者たちの認識の中には、ほぼ、姓名の家名に対する概念は無い。まったく無いわけではないのだが、田舎の街であり、それぞれの名前のみで事足りてしまういうのがその理由であり、重要な役職に着く者や、家の特殊性の関係では、不手際が起こりかねないから名乗る人もいるというだけのことである。

 ロアーツの場合は後者の理由で、母ルレッセの仕事の関係でリーグルと言う名を戴いているのだった。

 ロアーツに言わせれば、他の『二つ』の『邸宅』ならいざ知らず、『ただ単に希少な植物を管理するだけの家』という生まれだけで特別扱いされるなど、もってのほかだった。


「えっと……よくわからないのですが……ロアって、そっちで呼べばいいのですか?」

「そう、それでいい。――で、肝心のおまえは? あのとき、おまえ、なんて名乗ってたっけ?」

「――っ! わ、わたしは……」


 成り行きで立ち会った、少女の街入門間際の場面を思い出そうとするロアーツだったが、それは上手くいかなかった。


(――確か、なかなか名乗ろうとしなかったところで……気絶したんじゃなかったっけ?)


 恐怖の余り、意識を失ったように見えた少女は、本当に哀れだった。

 そんな風にロアーツが出会いの場面を思い返していると、少女が声を上げた。


「わたし……名乗りました!」

「あれ、そうだっけ? ――まあ、いいや。それで?」


 促すかのように少女を見れば、そのとき少女は初めてロアーツの眼から逃げるように視線を下げた。顔を俯かせてしまったのである。

 ロアーツはそれに気付かなかったわけでは無いが、気恥ずかしいのだろうかと思ったのでわざわざそれを口にはしなかった。


「わ、わたしの名は、ラ……」


 少女は俯いたまま、呟いた。


「――ラ?」

「ラ……エル……です」

「――え? えっと、おまえの名前……ラエル、っていうのか?」


 念を押すように聞き返したロアーツは、実を言うと、少女の名前は長ったらしい名前に違いないと思い込んでいたのだ。恐らく、この『イライブ地方』とは違う、遠い異邦の地からやって来たのだろうと。

 しかし、少女の名乗った『ラエル』という名前は、ロアーツが聞く限り、一般的かどうかはわからないものの、それなりに普通の名前であるようにしか思えなかった。

 ならば何故、少女は顔を俯かせてしどろもどろな様子で言う必要があったのだろうか。


「ふうん。まあ、いいや。一応確認しておくけど、家名なわけじゃないよな? ――ラエル……で、いいんだな?」

「――は、はい」


 少女がしっかりと頷いたことを確認して、ロアーツは改めてその名前を口にする。


「ラ・エ・ル。ラエルラエルラエル。ラーエールーっと! まあ、呼んでるうちにしっくり来るか、うん」


 ぶつぶつと少女の名前を呟いているロアーツに、いつの間にか顔を上げていた少女は、怪訝そうな表情をした。


「あの?」

「――よし、覚えた。これからよろしくな、ラエル!」


 にっこりと笑ってロアーツが挨拶をしたというのに、少女――ラエルは、ロアーツを呆然と見つめている。

 正しくは、ロアーツと、ロアーツの差し出している手を見つめるばかりだった。


「あ、あの? ……なんですか?」


 ラエルが、戸惑いの声を上げる。一応、彼女が何か反応をしなければいけないとわかっているらしいが、それが何なのかまではわからなかったらしかった。

 指きりを知っているのに『これ』を知らないなんてと、ロアーツは笑ってしまった。


「――おまえ、変なヤツだな。まさか知らないのか?」

「す、すみません」

「相手が手を差し出してるんだから、普通、手を出すだろうが。――ほら、これが『握手』だろ? ――んで、手をこう繋げてだな……」


 ロアーツの指示したとおりにラエルは反応し、彼女は言われるままにロアーツに手を差し出した。

 ロアーツは、ラエルの手を握ると、ひょいと立ち上がった。


「――んで、俺が引っ張るから、立ち上がってと!」

「ひゃっ!?」


 いきなり引っ張られた形となったラエルは、驚いて声を上げる。


「――げっ!?」


 言いながら、ラエルの腕を引っ張っていたロアーツは、ある衝撃を受けた。


「おまえ、軽いな~!」


 同じ年頃の女友達とてそれなりにいるロアーツだったから、今の自分たちくらいの男女の身体の重さはそう変わらないことを知っていた。

 だから、引っ張った調子に着いて来た彼女の身体の軽さに、ロアーツは本当に驚いてしまったのだ。

 立ち上がった少女の隣に立って、ロアーツはラエルに言い聞かせた。


「今日の晩飯から、飯はたらふく食うようにしろよ? これからあいつらと関わる以上、体力付けとかないとな! ……覚悟しとけよ?」

「あの……あいつらって?」

「俺の仲間。まあ、もうちょっとしたら、おまえもだけど」

「――ええっ!?」

「だって、そうだろ? おまえ、成り行きとはいえ俺の家に来たんだから、一応は数日前から俺の家族になったんじゃねえか。歳は同じくらいかもしれないけど、俺たちは兄妹みたいなもんで――仮におまえが俺の妹分だとしたら、俺の友達は、おまえの友達。……だろ?」


 むしろ、ロアーツに言わせれば、いちいちそんなことで、驚いたように声を上げるラエルこそが不思議だった。

 既にこのことは、ロアーツにとって揺ぎ無い決定事項であったわけなのだから。


「……そう、なのでしょうか?」

「いいじゃん、それで。そのほうがわかりやすいし。おまえも一緒になって騒いでたら、楽しいに決まってる。――な? それで、いいだろ?」


 迷うような素振りのラエルにロアーツが笑えば、しばらくして、ラエルがにこりと笑った。

 それが、初めて見た少女の笑顔だった。


「ありがとう……ロア様」


 ロアーツの笑みに釣られたとはいえ、照れくさそうな恥ずかしそうなぎこちない笑顔を浮かべる少女の――ラエルの姿に、ロアーツは満足した思いで一杯になったのだった。




 その少女の瞳の色に秘められた謎を、少年はまだ知らない。


 お読み頂きありがとうございます。

 本音を言うと、今更出会いの話を引っ張り出すのは『後出し』みたいで嫌だったんですけど、自分の中でややこしくなってしまったくらいなのでと思い、彼ら二人の出会いの話をお出しすることにしました。

 三人称に挑戦していた頃の過去作です。当時から二人の関係はこんな風に緩い感じでした。

 ネタバレかどうか判断に迷ったので、あえて一言だけつけました。

 

 

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