1話
※嘔吐描写・暴力描写・薬物使用に関する描写があります。
これが最後だ。
午前9時30分。
高校入試の結果、期待して見てみれば。
あとは第一志望だけ。
他は全部落ちている。
「はぁ……」
私は机に突っ伏した。
「ああーっ」
お母さんに言ったらどうなるだろう。
暗い曇り空をぼーっと見た。
もう無理だ。
無心でスマホの画面をスクロールする。
部屋の電気をつけていないせいか、画面が眩しい。
不合格。
予想通り。
1日食事抜きじゃ済まない。
きっと本気の蹴りが待っている。
それも腹、みぞおち辺りだ。
「うっ……」
突然、吐き気と頭痛に襲われた。
胃酸が舌の裏に染みた。
胃の内容物が喉に込み上げる。
喉の内側が熱い。
苦いものが、床に落ちる。
それを見て、喉からどろどろと溢れる。
胃酸が顎を伝った。
落ち着くと、ひゅーっ、ひゅーっと細い息をした。
涙が頬を伝う。
苦しい。
嫌だ。
生きていたくない。
こんなものなら、いっそ死にたい。
がちゃ、と扉が開いた。
ああ、終わりだ、タイミング悪いよ。
「はぁ?何してるの?」
母だ。
泣いたせいか喉が詰まって、声が出せない。
「まさか落ちたなんて言わないよね?」
ここは私の部屋だ。にも関わらず、母はずかずかと入ってくる。
いつものことだった。
舌打ちすると、吐き捨てるように
「汚い」
と言う。
無事だった机の上に置いたスマホを覗き込んだ。
ああ、なんで電源消さなかったんだろう。
いや、消してもパスコード知ってるから見られるけど。
「ねぇ、どうするつもりなの?」
怒らせた。
怖くて目を逸らした。
「ゔっ」
みぞおちが痛い。
吐瀉物まみれの床に落ちて、左半身に衝撃が走る。
腹を抱えて倒れ込んだ。
そのまま私は涙を垂れ流した。
もう冷たくなった「それ」は、やっぱり臭いが酷くて。
嘔吐物特有の臭いが漂っていた。
いつのまにか母はいなくなっている。
みぞおちを蹴られたのと、ストレスと、臭いで吐き気を催す。
もうやだ。吐きたくないよ。
そんなこと思っても抗えなかった。
その日は、血を吐くまで吐き続けて、涙は枯れるまで泣いた。
⸻
母と同じ部屋にいるのが辛くて、でも外を歩く気にはならない。
布団にこもって、あるものを調べていた。
最初は馬鹿馬鹿しいと思っていた。
でも。
これなら、この苦しみから解放されるかもしれない。
駄目だってことはわかってる。
でも、少しだけ、試してみるだけ。
そう思って、逃げるように家を出た。
⸻
小さいジップロックをポケットに入れ、暗い路地裏に入る。
さっき、約束の場所で、約束通りそれをもらった。
言われた通りの方法で吸ってみる。
ふらっとして、その場に倒れ込んだ。
どくんどくんと脈打つ。
それからしばらくした。
あ、なんか腕に虫いる、気持ち悪い、とらなきゃ。
そう思って、腕を引っ掻き回した。
「あ、あぁーっ」
世界が紫に染まった。
⸻
白い光に包まれる。
目を開くと、そこは天国だった。
雲は柔らかい光を弾いていた。
……死んだんだ。
じゃあ、あの苦しみからも、全部逃れられる、そう思った。
ふっと心が軽くなった。
体も同じくらい軽かった。
突然、目の前に、女神が現れる。
これは……転生させられる?
女神は口を開いた。
「これからお前を異世界に転生させる」
これはたぶんテンプレだ。
それなら、チートスキルを付与されるはず。
どんなスキルがいいかなぁ……
「はぁー、めんどくさい……」
えっ、雑。
この容貌から出る言葉ではない。
「んー、じゃあ、えーっとね」
国語辞典ほどの厚さの本を、目でたどりながらパラパラとめくる。
「よし、決めた、いってらっしゃい」
⸻
寒っ。眩しっ。
反射的に目を瞑った。
どうやら今産まれたらしい。
そういえば、何も口を開けなかった。
せっかくなら、女神になんか聞けばよかった……
おぎゃー、おぎゃーと喉から声が出る。
あぁ、また産まれてきた。
もう痛いこともないと思ったのに……
目を開いたが、これがなにか、なにもわからない。
わけのわからない図形を見せられているようだった。
前と同じように、「見る」ことができない。
耳には、聞いたことのない言語が聞こえた。
それはそうか。
異世界で、日本の言葉が通じるわけがない。
地球上にはない、少なくとも聞いたことのない発音だった。
英語でも、日本語でも、ベトナム語でもない。
あー、なんか眠い……
赤ちゃんだし、頭使いすぎたのかな……
そのまま眠りに落ちた。




