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第6話

 改札を抜けた瞬間――

 視界が、爆ぜた。


 左右に聳えるビルの壁面は巨大なキャンバスと化し、

 アニメ、ゲーム、アイドル、フィギュア……

 あらゆる色彩が空を奪い合うように貼りついている。


 電子看板が明滅し、スピーカーからは軽快な主題歌。

 通りには観光客、買い物袋を抱えたオタク、外国人配信者。

 熱と音と色が渦を巻く。


 ――ここが聖地。

 

 秋葉原。


 横を見ると、セシリアさんは立ち並ぶビルを見上げていた。

 くっきりとした大きな瞳を、これ以上ないほど丸くして。


 まるで、初めて宇宙を見た子どもみたいに。可愛い。


 (てか、いい匂いしたな……)


 満員電車の密着を思い出す。

 セシリアさんの、甘い柔軟剤のような匂い。

 ほんのり石鹸を思わせる清潔な香りが、まだ鼻の奥に残っている気がする。


(逆に僕、汗臭くなかったかな……)


 さりげなく自分のシャツの襟元を確認していると、

 じっとこちらを見つめる視線に気づいた。


「どうしたんですか?」

「い、いや! なんでもないですよ!」


 慌てて手を引っ込める。

 不思議そうに小首を傾げるセシリアさん。


 破壊力が高い。


「ここが……アニメの聖地なんですね……」

「みたいですね。僕も初めて来ましたけど」


 なんか様子がおかしいな。

 瞳は輝いているのに、表情は少し硬い。


「あれ? アニメ好きって言ってたから、もっとテンション上がるかと……」

「え、あ、あぁ……はい! その……嬉しすぎて……」


 ワンテンポ遅れた笑顔。

 ――なんだ、感激してただけか!


「じゃあ、とりあえずメイン通りから――」


 言い終わる前だった。


 地鳴りのような轟音。


 空気が震え、ビルの窓ガラスがびりびりと鳴る。

 続いて、悲鳴。

 何十、何百という悲鳴が、波のように押し寄せる。


「な、なんだ!?」

「行って見ましょう!」


 反射的に走り出すセシリアさん。

 僕も遅れて人波をかき分ける。


 嫌な予感がする。

 嫌というほど、覚えのある“気配”。


 これは――


(時間外労働の予感……)


 そして、その予感は的中する。


 

 * * *


 

 騒ぎの中心。


 そこに立っていたのは、体長五メートルを優に超える鬼。


 赤黒い皮膚。

 隆起した筋肉。

 角は捻じれ、空気そのものを歪ませる魔力を放っている。


 その足元に、血を吐きながら膝をつく青年。


 ――元賢者、賢司。


「……っち。俺の魔力を追ってきやがったのか」

「ハハハ……魔王様の仇、ここで取らせてもらおうか、賢者どの?」


 魔王軍幹部――憤怒のイラ。


 以前の戦いとは、明らかに格が違う。

 圧が、重さが、絶望の濃度が違う。


(何かがおかしい……)


 今のイラは、かつて倒した魔王すら凌駕している。


「どうやってその力を手に入れたか知らねぇが……この世界で好き勝手はさせねぇ!」

「貴様はここで死ぬ。己の世界が蹂躙される様を、地獄で見物するといい」


 賢司が腕を振り上げる。


 空に展開する無数の術式陣。

 幾何学模様が幾重にも重なり、太陽光を強制的に収束させる。


重奏展開(オーバーラップ)――|

 神羅・穿つ閃光バルガ・ピアシング・レイ!!!|」


 天から降り注ぐ無数の光槍。


 地面を溶かし、アスファルトを蒸発させる必殺の一撃。


(これで――!)


 粉塵が舞い上がる。


 だが次の瞬間。


 爆風を引き裂いて現れた鬼神の拳。


 咄嗟に展開した防御魔術が、紙のように砕ける。


 鈍い衝撃。

 鳩尾を貫く圧力。


 賢司の身体が弾丸のように吹き飛ぶ。


「ガハッ――!」


 アスファルトを転がり、血を吐く。


(強すぎる……)


 回復魔術を発動――

 しかし、発動しない。


(回復阻害……!?)


 イラが歩く。


 一歩。

 一歩。


 死が近づく音。


「前回の敗北から、私は学んだ」


 右腕に集まる、圧倒的魔力。


「私はもう、手負いの兎にも全力を尽くす」


(くそ……立て……!)


 足に力が入らない。


(やば――)


 振り下ろされる拳。


 轟音。


 衝撃波がビルの壁面を震わせる。


 ――だが。


 賢司の心臓は、止まっていない。


 ゆっくりと目を開ける。


 そこに立っていたのは――


 純白とコバルトブルーを基調とした装甲。

 翼のように展開したフレーム。

 六角形の防御フィールドが、鬼の拳を受け止めている。


 その背中は、小柄で。


 だが、圧倒的だった。


 イラが距離を取る。


「貴様……何者だ」


 少女は真っ直ぐに見据える。


 観光地ではしゃいでいた、あの無邪気な笑顔とは違う。


 凛とした、入管職員の顔。


「私ですか?」


 小さく微笑み、名乗る。


『セシリア・ハーモンド――入管職員です』


 その声は、戦場に不思議な静寂をもたらした。

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